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2005年10月29日 (土)

ホテルルートイングランティア秋田

今日は、出張で秋田市に来ています。このホテルルートイングランティア秋田は、健康ランドとビジネスホテルが一体となったところです。そして市の中心部にあります。ルートインは、ビジネスホテルに大浴場を併設しているのが売り物ですが、こういった大きな温浴施設を備えた施設はまだ少ないみたいです。今回は会社の仲間2人と一緒です。ここを予約してしてくれた人に感謝です。

館内には、宿泊客も靴を脱いで入館するので、室内から出るときに思わず靴を探してしまいました。でも快適な空間です。このブログも、館内のインターネットコーナーで無料で使えているし。

今日は、昼休みに普段通っている系列のスポーツクラブに行って、1,000メートルくらい泳いだし、夜はお風呂で快適だし。夕食は、みんなと食べたので、少しというかかなり摂食量オーバーです。また減量を真剣に考えないと。

明日は、6時に起きです。でも明日もここに泊まるので、また楽しみ。宿泊料金もそれほど高くないです。

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2005年10月28日 (金)

老眼?

車で、高速道路を走った後、サービスエリアで休憩し、ちょっと書類を見ようとして、細かい字の資料を手にとった瞬間・・・・「かすんで見えない」

思わず、あせってしまって。「目がいかれたかな?」

試しに、少し離してみたら、はっきり見える。うっ・・・・、「老眼?」

今まで、そんなことはなかったのに。「オレも43だし」。少し覚悟しました。私はもともと近視と乱視が入っています。そして、少し遠視もあるといった感じです。だからメガネをとるとまったくぼけけて見えます。プールに行く時は、なんとなく見えるといった感じて、時計はわかりません。人の顔もよくわからず、相手の方から挨拶されても、よくわからずたびたび失礼をしていました。

でも、今度は・・・。知り合いの眼科医に聞いたところ、30センチ以上離してよくみえるのならその傾向があるとのこと。私は、それほどでもない。そして、高速道路で運転をしていると視野が狭くなり、神経も疲労するので、運転をし終わった直後などに、眼精疲労がおき、ものが見えにくいということがあるらしい。また、パソコンに向かって長時間作業をした時にも。

プールから帰って、今書類をみると、近くでもはっきり見えます。まだ老眼といえる程の症状ではないみたいです。

ただ、40歳を越えた今、もう「老眼」の足音は近づいているような気もするんだけど。

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2005年10月27日 (木)

北国の生活は、金がかかる。

東北や北海道地方に生活すると、思わぬ出費がある。主に、厳しい寒さの冬の期間のものだ。例えば、車。東京で暮らしているとわからないと思うが、そろそろ「冬タイヤ」に取り替える時期。冬タイヤとは、積雪などによるスリップ防止のためのスタッドレスタイヤ。これを備えておかないと、積雪時には走れない。タイヤの購入と、通常のタイヤ(夏タイヤ)の保管の料金がかかる。自分でおき場所があれば別だけが。それと、自動車を新規購入の時には、「寒冷地仕様車」を購入する。これは、外気が低いときでもエンジンがかかりやすいようになっているもの。普通の車より割高である。また、融雪剤に塩分を使っているので、雪道を走ると、車が傷みやすい。だからあまり長持ちしないのである。これも費用がかかる。

そして、暖房費。仙台でも、もうエアコンの自動設定にすると暖房になってくる。エアコンのみの暖房では、電気代が相当かかる。また、石油温風ヒーターを買えば、灯油を購入しないといけない。衣服代もかかる。厚手のオーバーを購入すると、これもまた出費。とにかく、寒さ対策に金がかかる。東京も寒いときは寒いが、それほど長続きしないし、寒さの「質」が違う。

個人消費だけではない。市町村の除雪費。豪雪地帯の青森市では毎年の除雪費用が1億円を超える。春には消えてなくなる雪に1億円も使うのである。また、融雪剤による道路の傷みの補修は毎年。これも相当な額である。建物も、水道管の凍結防止装置。積雪対策構造など、これも負担増。

とにかく、暖かいところでは使わない金がかかるのが、北国の生活である。

北国の生活は、それだけ費用がかかるが、平均所得は高くない。たとえば、農家でも暖かい地方では、二期作や豊富な作物が収穫できるが、北国は寒冷地のため、それほど収穫は期待できない。冬の間は積雪により土地が閉ざされるのである。じっと我慢しているしかない。それが北国の生活。

でも、今更文句をいっても仕方ないよね。それが宿命なのだから。私達の祖先はそうやって北国で生活してきたのだし。

私も12年ぶりに、北国の冬の生活を体験する。産まれてから18年北国生活だったので、慣れているはずなのだが、12年間も暖かい所での生活をしてきたので、もう忘れてしまっている。

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2005年10月26日 (水)

日毎、寒さが。

ここのところ、1日過ぎるだびに寒くなります。特に、仙台は東北ということもあって、朝夕は冷えます。東京は、朝夕がそれほど下がらないのと、電車などの人ごみによる熱で、多少暑く感じます。

仙台は、人も少ないし、寒さも応えます。東北地方や北海道などの北日本では「日格差」が凄いです。朝は10度近くまで下がり、日中は20度近くまで上がるのです。だから、朝は厚着をしても日中はワイシャツ1枚のクールビズでも大丈夫です。この差が体調を崩します。ただ、この差は紅葉をきれいな色に染め、果物や野菜の味を良くしているのも皮肉。

明日(今日)、出張予定の盛岡市の予想最低気温は3度、日中の予想最高気温は15度で、12度の差があります。

そのうち、盛岡市は最低気温が氷点下になります。あ~寒い。

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2005年10月25日 (火)

選挙

10/23に、宮城県知事と宮城県議会議員補欠選挙が行われた。仙台に来てからまだ8か月弱なのに、もう3回目。そういう年にあたったのだから仕方ない。

私は、基本的に支持政党があるのだが、それが誰だかよくわからない。つまり誰が立候補しているかあまり関心がないせいか、投票所にいくと困るのである。はっきりと政党公認で出ていればいいのだが、「無所属」で各党の推薦・支持だと選挙公報をよくみないと。朝に駅前で演説をしているが、入口が異なれば、よくわからないし。

ところで、私の体験した3つの選挙。1つは仙台市長選。次が、総選挙である。そして、私が住民登録の有効期間に入らなかったので投票できなかったが、4月に衆議院議員の補欠選挙があった。でも、少し疑問がある。市長選と知事選は任期満了なので止むを得ないが、4月の衆院補選は、選挙違反連座制による失職によるもの。今回の県議会補選は、知事選・総選挙に出馬による辞職による補選だ。別のものに立候補することは問題ではないが、そのたびに補選がある。これもタダではないのである。税金の無駄とはいわないが、少し問題。

今回の知事選と県議会補選。あまり行く気がしなかったのだが、近くまで行ったので、仕方なく行った感じである。

そして、当選者・・・・、まったく知らない人。

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2005年10月24日 (月)

TBS問題

TBS株の楽天買占問題。フジテレビとライブドア問題に続くテレビ局の株取引について話題になっています。

マスコミという公共性の高い企業が、一経営者による運営によって、公平な立場での報道ができるか?ということがポイントになっていますが、株式会社として株を公開していれば、いずれはこんなことがおきるのは当然のことだと思います。

私は、この歳になっても恥ずかしいですが株のことはよくわかりません。しかし、自由主義経済では当然起こるべきことだと考えます。だったら株を公開しなければいいのにと思いますが、現在のような不況下では、たくさんの資金を調達するには、株の公開は必要なのでしょうね。

一経営者による報道内容の湾曲の懸念もありますが、それは今回のTBSやフジテレビに限ったことではありません。現に、読売新聞や読売系のスポーツ紙では、巨人軍に対しての不利な報道はしません。また、朝日新聞はテレビ朝日の不祥事に対しても報道は小さいです。今はそうではなくなりましたが、山形県には「服部天皇」といわれる人がいて、山形新聞・山形放送・山形交通・山形銀行など、県内の主たる企業に影響力を及ぼしていました。そのため、それらの会社に対しての不利な報道はあまりされませんでした。

そういうことを思えば、今更何を騒いでいるの・・・・という感じもします。かつての戦時下の「大本営発表」で、報道管制された時代とは、今は大きく異なっています。様々なメディア、インターネットの普及などで、「情報を選択」する時代がやってきました。まだまだテレビの影響は大きいですが、情報を受け取る側にしっかりとした認識を持って、真実を見つめる力が、そろそろ求められる時代になってきたのだと思います。

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2005年10月22日 (土)

NHK受信料

先日の深夜、テレビをつけていたら、NHKに関する国会の審議の模様が中継録画で放送されていた。一連の不祥事の問題やら、受信料の未払いの問題や放送法の話など、様々な質疑が行われていた。

その中で、気になったのが受信料の問題。私は、社会人になってからはずっと受信料は払っている。今も、単身赴任だが妻たちは妻の実家に同居しているので、私の名義はそのまま私が仙台で支払っている。別に義務とかそういうわけではないけれど、集金員が来て見つかってしまったのと、不祥事があってもまじめに働いている人もいるのだからと思い、特に支払うことに拒否感はない。

放送法では、NHKが受信できるテレビを設置した時には、NHKと受信契約を締結しなければいけない→詳細はこちら。それについての議論は別として、この契約が曖昧というが、現実に合わなくなってきている。「テレビは一家に一台」という時代ではなくなったため、1世帯1契約の構図も崩れてきた。私のような場合ではない、一般的な単身赴任なら、割引制度もあるようだ。それと、驚いたのは「普通(白黒)契約」が、まだたくさんあるということ。カ契約に比べて割安な普通契約。先日の国会の審議では、「今時、白黒テレビをそんなに持っているのか。国内では製造中止のはず」「NHKでは、捜査権がないので、『白黒テレビしかない』といわれれば、それ以上は追求できない。また、輸入品の白黒テレビもあるので」というNHK側の答弁だったが何となく変な感じ。

契約していても、今回の不祥事やNHKの姿勢について不満な人が、受信料を支払わないことに対して、NHKでは「法的手段」ということを言っているが、きちんと支払っている私からみれば、当然やって欲しいことである。ただ、未契約分に対してはどういう対応をするのかも大きな問題。放送法自体も、そろそろ改革の必要があるのでは?と感じた。

仙台の家で、引越しの後、BS放送のアンテナの調子が悪く、別に見なくてもいいと思い、NHKに衛星契約の解除を申し出たら、係りの人が無料でアンテナの調整に来てくれた。その後、フォローコールもあった。以前のNHKならそんな対応はなかったと思う。ただ、一度だけ横浜にいた時にNHKになんくせをつけたことがある。口座振替の領収書の送付をやめると言う通知が来た時に、理由が「一定額の支払いなので、不要」「通帳で確認できる」という意見が多く寄せられたため・・・・、ということだった。私はこれに納得できなかった。NHKとしては、領収書発行の経費(送料など)節減と、資源保護の意味もあったと思う。しかし、そういうことにまったく触れずに「あくまでも、お客様からの要望が多いので」という言い方が納得いかなかった。正直に経費節減とか資源保護とか言えばいいのに。だから、受信料センターに問い合わせ、今も領収書を送付してもらっている。携帯電話会社では、明細書を送付しない人には、割引サービスをしている。はっきりと経費節減と資源保護についての説明をしている。一定額支払いのNHKとは少し事情が異なると思うが。

やっぱり、私は・・・・、アベレージ・ライフではないですね。

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2005年10月21日 (金)

平泉

前日の講演の失敗が、尾を引き、なんとなくやる気が出ず、仕事をサボって仙台へ帰る途中に、平泉へ寄りました。中尊寺や毛越寺を見たいと思っていたのですが、いつも素通りでしたので、今回は思い切って。

私も岩手県人なので、子供の頃に、中尊寺にはいったことはあります。国宝の金色堂も。そういえば、国道から中尊寺まで相当きつい坂があったなと思い、再び訪れます。今年のNHKの大河ドラマが「義経」のためか、平泉は今観光ブームです。毎年春と秋に行われる「藤原まつり」の義経東下り行列。今回の春は、大河ドラマの主演の滝沢秀明さんが義経に扮し、東下り行列が行われたので、かつてない人出だったようです。

私が中尊寺を訪れたのは、平日でしたが、たくさんの観光バス。今が秋の観光シーズンなんですね。もう少し遅い時期なら、紅葉もきれいなのですが、逆の寒くなります。なので、今が一番いい季節。少し肌寒かったのですが、晴天で、中尊寺の参道(月見坂)は、かなりの人でした。

子供の頃見た中尊寺とあまり印象は変わっていなかったです。古びた寺や建物が点在しています。ただ、参道の中腹からみえる風景は、バイパスの工事や大きな建物が建ち、変わっています。そして、お目当ての「金色堂」。これは国宝です。建物全体が金箔で覆われている荘厳なものなのですが、実際にみると、小さくたいしたことはありません。金箔のお堂を覆う、「覆堂」に囲われていて、室内ならライトが照らされていて、そのため金色が引き立ちますが。ただ、こういうものが当時建てられていたことが凄いのでしょうね。マルコポーロの「東方見聞録」にある「黄金の国、ジパング」はここのこと・・・という説もあります。

平泉は、義経が自害し、藤原氏も4代基衡が死んだ後は、衰退しました。しかし、当時の人口は30万以上だったといいます。盛岡市の今の人口は28万です。それよりも多い。それに、盛岡という地名よりも平泉という地名の方が古い。それを思うとここす、当時は凄いところだったのだと感慨。

平泉は平成20年に世界遺産に登録を目指しています。京都や奈良の比べ、寺社が少ないので、どうでしょうか?歴史的に遺産として残っているのは、中尊寺一帯と毛越寺の庭園などごくわずかです。これを思うと難しいかな?と思います。

平泉を含む、岩手県の西磐井・東磐井地区のほとんどが先日、「一関市」に合併しました。今一関市は人口が12万で、県内で一番面積の広い自治体となりました。この合併の際、平泉町は、世界遺産を目指していることと、歴史的に地名から「平泉市」として一関を含めた新市の名称を提案しました。しかし、一関や他の市町村から受け入れられず、平泉町は合併を断念。今もなお、「岩手県西磐井郡平泉町」です。

JR東北本線の平泉駅から、中尊寺・毛越寺・義経堂など、それほど広くない範囲に点在しています。半日あれば全部回れます。皆様一度お越しになってください。

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2005年10月20日 (木)

講演

私は、ただおしゃべりをするのは得意ですが、あらたまったところで「講演」とか「プレゼン」とかいうものが大の苦手です。あまりものを考えていないからかも知れません。緊張ということはないのですが、その場になると、言葉がうまく繋がらないのです。

先日、得意先での講演というか分析報告会というものがあり、そのための資料を休日出勤をしたり、プールにも行かずに仕上げ、話す内容もだいたいまとめておいたのに、いざ本番となったら、その半分も話せなかったのです。ポイントを整理して、こういうストーリーで・・・・ということは頭に入っていたのですが、何かの弾みで筋立てが崩れると、頭がリセットされてしまいます。そして、同じことの繰り返しになったり、間が空いてしまったり。一気に喋り捲るといいのですが、実際には相手の反応を見ながらやらないと。

資料だけは、いいものを作ったので、それは喜ばれたと思いますが。相手先からは、一応お礼は言われたけど、何となく辛かったです。

資料に頼らず、自分のトークだけで相手を納得させるのは、至難の業ですね。結局「こちらの資料を見てください。これは・・・・」という形になってしまったし。これも経験を積まないといけないのでしょうね、きっと。

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2005年10月17日 (月)

方言その3

方言シリーズの3回目です(このブログ、方言シリーズにしてもいいかも)。

今日は、訛りや独特の言い回しではなく、その地域で使われる標準語的な表現の話です。

「ゴミを投げる」・・・・。これは、盛岡地方というよりは東北地方から北の地域でよく使われる表現のようです。また、これはどこから来たのか不明ですが、「ジャージ」のことを仙台では「ジャス」といいます。学校などで、大掃除のためにジャージに着替える・・・・ということを「ジャスに着替える」というそうです。ジャス・・・日本エアシステム(JAS)・・これももうないですね。

方言とは言い難いのですが、その地方独特の表現で面白いものがあります。私の会社は本社が名古屋市です。私が研修や出張で名古屋へ行った時も転勤で名古屋から来た方にも、名古屋出身の方に共通して感じることです。

それは・・・・「○○さんみえる・・・・」という表現です。○○さんが視界に入っているかではなく、○○さんがいるか?ということです。少し丁寧な言い方では「部長、みえる?」といいます。「○○さんが、おみえになりました」「○○さん、おみえになりますか?」「○○さん、みえられますか?」これらすべては、丁寧な表現ですが、正しくは「○○さんが、いらっしゃいました(お越しになりました)」「○○さん、いらっしゃいますか?」となるものです。

また、これも不思議ですが、資料や本についている「ページ」。英語では「Page」と書きますが、名古屋の人は「ペーシ」といって「シ」が濁りません。「1ペーシ、2ペーシ」といいます。何となく耳障りに私は感じます。

最後に、これは大笑い。以前の上司に仕事で叱られた時(それほど怒ってはいなかったのですが)、「この、たわけ!!」と言われたことです。さすが、織田信長や豊臣秀吉の出身地名古屋。戦国時代のドラマでよく使われていのは知っていたけど、まだ使ってるの?思わず噴出してしまいました。この上司とは以前よく飲みに行くと「たわけ」とか「たわけもん」とかよく言われました。

番外編として、名古屋の人は「~だがや(丁寧な名古屋弁は「だかね」だそうですが)」といいます。昔、この上司に「課長、10×100はいくつですか?」と聞きました。課長は「せん(千)だがや」。「それでは課長、うちの東京の本部はどこですか?と聞くと、「せんだがや(千駄ヶ谷)だがや」と答え、仲間は大爆笑。でも課長は何でみんなが笑ったのかわからなかったようです。この課長、もうすでに退職されています。以前、仙台に赴任した時に大変お世話になった方です。お詫び、お礼を込めて。

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方言その2

方言について、また思うことです。

テレビドラマで、方言が使用される時に、「方言指導」という人がいます。ただ、これも東北地方の方言などは、そのまま使うと意味不明になるので、それなりにアレンジした方言になっています。もともと俳優さんもネイティブではないし、ましてや字幕も出ません。ただ、東北弁は、独特のイントネーションがあるので、東北出身の俳優さんだとそれがうまく生かされています。たとえば、長岡輝子さん(岩手県出身)・浅利香津代さん(秋田県出身)・渡辺えり子さん(山形県出身)などは、ピカ一。

関西弁は、もう一般的になっているので、私達にもわかりますが、これも実際に関西に行ってみると少しニュアンスが違います。テンポが速いです。だからよく聞き取れないこともあります。

さて、ここで問題なのは時代劇。時代劇には方言はないのでしょうか?大阪の庶民生活を描いたものには、少し関西弁が出てきます。京都の宮中の言葉もありますが、その他はあまり聞きません。「水戸黄門」も全国行脚しているのに、方言が出てくるシーンは少ないですね。

豊臣秀吉の正室北政所ねねは、もの凄い名古屋弁だったと言い伝えられています。ただ、この戦国時代のドラマで、ねねが名古屋弁で話しているところを聞いたのはわずかです。NHKの「おんな太閤記」のねね役の佐久間良子なんて、とてもきれいな言葉だったし。その前の「黄金の日々」ではねね役は十朱幸代で、これは名古屋弁でした。「おみゃーさん・・・」とか使っていたし。

今放送している「義経」。平泉の藤原氏が出てきますが、これも標準語。ただ、過去の時代に、方言が使われていのかどうか不明ということもあるのでしょうね。文書は残っていても、録音装置はなかったのですから。

そういえば、TBSの「渡る世間は鬼ばかり」で、岡倉家の五女長子の夫の英作さん。これも変ですね。出身は大阪のはずです。岡倉家で同居している時は標準語でもいいのですが、大阪の実家のシーン。あそこでも標準語。母親役の京唄子が、こてこての大阪弁。そんな母親に育った英作が、母親との会話のシーンで標準語はおかしいよ。「おかあちゃん~」ぐらいでごまかしているけどね。

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2005年10月16日 (日)

昇進・・・なんて縁がない。

10月半ばは、毎年昇進・昇格の時期。今年の発表があった。うちの会社は、一度昇進しても次に昇格するのは、最低3年は必要(例外もあるが)なので、私は一昨年、昇進があったので、今年はなし。しばらくぶりの平穏な日々。

でも、毎年この時期になると、気分が複雑。私はなかなかそういうものに縁遠かったので、「今年は・・・・」と言う期待があってもダメ・・・という日々。だいたい8月ぐらいに候補者選定、その後審査で、10/1に内示。16日に正式発令となる。このあたりから、少し真面目に仕事をしたりした時もあったし、10/1に内示がないか探りを入れたり。自分がダメでも、発令時には、昇格者全員の氏名が発表されるので、この名前を見るとまた複雑。「何であいつが・・・・」と思うこともあれば、自分より後輩が昇格したりするともっと複雑。

私は、いわゆる「出世コース」は外れてしまったので、そこそこでいいと思っているが、今回も「あいつが・・・・」と思う人がいた。今の資格等級には、私の後輩もいれば先輩もいる。私より上に後輩もいれば、私より下に先輩もいる。それが会社だからしかたないけどね。この時期が過ぎればまた、そんなことも忘れてしまうのだけれど。来年は私もその時期だけど、最低在籍年数で昇進はありえないので、あきらめてます。

コメンナサイね、梲のあがらないお父さんで。

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2005年10月15日 (土)

新原町田駅

「新原町田駅」ってどこ?と思う人もいるかと思いますが、小田急線の町田駅の旧称です。JR町田駅ももとは「原町田駅」といって、新しい原町田駅なので、新原町田なのですね。原町田というのは、町田市の地名です。この駅には、私いろいろと思い出があります。「方言」のところにも書きましたが、私の父の実家は東京都町田市です。といっても父は新宿区市谷の生まれで、戦争が激しくなるまでは浅草あたりに住んでいたらしいです。戦争が激しくなると父一家は秋田県の小坂町に疎開していました。終戦後、祖父が東京はまだ混乱が続いているということで、しばらく小坂に住み落ち着いた頃を見計らって、東京に戻りました。ところが、東京大空襲で祖父の住んでいたところも焼け野原。もとの場所にはバラックが建っていたそうです。役所もすべて焼けてしまい、ここが祖父の家だったという証明もなく、仮住まいをしたのち、町田市へ新天地を求めたようです。父にとっては町田の家はなんの縁もないのてすが、両親の家ということになりました。

さて、そんなわけで、私の家の帰省は町田へ行くことです。新幹線もなかったので、当時は東北本線のやまびこで上野まで6時間半。そから山手線で新宿まで約30分。そこから小田急線で新原町田まで急行で30分です。凄い長旅です。

今でこそ、町田市は大商業地区ですが、今から35年前は田舎でした。祖父の家は、町田市役所のそばで今は一等地ですが、当時は田んぼや空地ばかり。盛岡の方がずっと都会でした。休みに「東京へ行く~」といっても町田ではまったく東京という感じもしません。上野駅や新宿駅の乗り換えの時ぐらいが東京という大きな街を体験したという感じでしたし。

現在の町田駅は、駅舎の上をすっぽりと小田急百貨店が包み込むようになっている大きな駅です。小田急線の中でも、新宿に次ぐ乗降客。でも当時は・・・。この新原町田駅の構造は少し変わっていました。普通の駅はホームに平行して駅の入口がありますが、ここは、ホームとは直角に(電車の先頭の方向)入口があって、「小田急OX」という、3階ぐらいの小さなスーパー(当時の私の目にはデバートだと思った)が併設されていました。

私もまだ小学1年生かそれ以下の時でしたので、町田の家に行っても一人で遊びには行けません。ましてや電車に乗って東京見物ということも。祖父の家から新原町田駅まで徒歩で約10分です。そこまで一人で遊びに行くことぐらいしかできませんでした。

町田は、小田急線の西側は市役所や団地など新しい街ですが、小田急線から東側のJR(当時の国鉄)の原町田駅にかけては昔ながらの町並みです。少しごちゃごちゃして、当時の私には一人では歩けないところでした。母からも、祖父母からも「新原町田駅から、先にはいっちゃダメ」といわれていたので、新原町田駅の前まで行き、小田急線のポームをみたり、小田急OXの店内をみたりするのが、一つの冒険でした。毎日行っていたような気もします。

転勤前に、青葉台に住んでいた時も、そして今新百合ヶ丘に帰省する時もたまに町田まで行くことが。当時の原町田駅の場所には東急ハンズがあり、JRの町田駅も小田急寄りに移転して、きれいになっています。でもひとつ裏どおりに入ると当時の町並みがあります。一度だけ冒険をして新原町田駅を超えたことがあります。その当時の町並みとは変わっていますが、雰囲気はまだ昔のまま。懐かしく感じました。今、妻や子が住んでいる新百合ヶ丘も、当時はまだ駅もなく、それこそ「幽霊」が出るような感じのところでした。すっかり変わってしまったこのあたり。

そうそう、新原町田駅では昔、切符販売の窓口があって、「新原町田~盛岡」までの乗車券が買えました。今ではそんなもの買えませんよね。

今、私は妻と子のいる小田急線新百合ヶ丘まで「帰省」をしています。当時は上野・山手線・新宿・小田急だったのが今は新幹線なので、東京・中央線・新宿・小田急となっています。でも小田急線の新宿駅のホームのJRとの境の×印のガラスの壁。あれは35年前と変わっていない感じ。

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2005年10月13日 (木)

方言

地方出身者にとって、方言は懐かしくもあり少し恥ずかしいものである。また、その人の出身がわかる証拠でもある。

これだけテレビやインターネットなどが普及しても方言は残っている。年配の人だけでなく、若い人も使うのだから不思議だ。

特に、東北地方の方言は「田舎者」の代名詞のようで、都会の人からみると異様な感じなのだろう。東北地方の方言の特徴はいわゆる「ズーズー弁」。訛っているのである。発音がはっきりとないものや、聞いていてきたない言葉に聞こえるようだ。東北地方以外から転勤などで来た方は、まずこの方言に悩まされる。取引先との交渉、学校の交友関係など、いろいろとトラブルもある。

私は、岩手県盛岡市の出身だが、やはり言葉に訛りが出る。やはりここで育ったせいなのであろうか。父は東京で母は岩手の人間。母はいわゆるネイティブスピーカー。父も疎開で東北に来て、そのまま岩手県で就職したので、こちらの言葉になれてしまったらしい。私の家は、父の実家が東京都町田市なので、帰省は東京へ。母はこのときは「よそゆき」の言葉だったようだが、伯母二人は、ともに青森・秋田の出身だったので、嫁3人の時は東北弁なのかと思ったのだが、伯母達は東京に住んでいたので、そういうこともなかった。

私は、浪人時代と大学時代は東京で過ごした。就職活動も普通にしたので、大学4年生の頃には、すっかり標準語になっていた。採用面接で「君の言葉は変」といわれたことはあまりなかった。就職して最初の赴任地が仙台。担当地区が山形県。そして5年間。その後東京に転勤した時、東京の同僚から「AAさん、言葉が変」といわれた。内心「ショック」だった。

12年間東京に勤務して、私の中からは方言は消えてしまったが、年をとるたびに帰省するとやはり方言が出てきた。不思議。今度は、また仙台に転勤し、担当が岩手県。最近すっかりこちらの言葉に慣れ、川崎に帰省すると「言葉が変」といわれるようになった。

今の仙台の職場に名古屋から転勤してきた同僚がいる。その人は青森県の担当なので、言葉がわからないといって困っていた。そこから始まって、風土・気質も不明で少し疲れ気味。私は、もともと東北の人間なので、今更困ることはないのが幸い。

東北地方は広いが、言葉は少し似ている。地区によって多少異なるが、だいたいはわかる。ただ、東北以外の人には意味不明だと思う。ニュースで東北地方の人がインタビューに答えるシーンがあると必ず字幕が出るし。

ただ、こういっては失礼だが、青森県の津軽地方だけは、他の東北地方とは少し言葉が違う。たとえば、「~してはダメ」ということを「まいね」という。これは私でもわからない。それ以外の地域では「わがねぇ」という。これも、都会の人から見ると、「わからない・・・」といっているように聞こえるらしい。仙台地方ではこれに、「~ちゃ」がつき「わがねぇっちゃ」となる。山形県の庄内地方(酒田・鶴岡地方)では、「なんね」という。こちらは、昔の海運の関係で、関西風の言葉が訛ったようだ。

また、訛らなくても、地方独特の表現がある。岩手県盛岡地方では、ゴミなどを捨てることを「投げる」という。たとえば「金曜日は、ゴミ投げの日」みたいに普通に使う。盛岡の人は、ビッチング練習のように、ゴミをポールのように投げているわけではない。ゴミ収集場に捨てに行くものである。どうしてこういうかは不明だが、私もたまにゴミを捨てに行く時、「ゴミ投げてくるから」ということがある。別に方言だとは思っていなかったが、考えてみるとおかしい表現。

改めて思うと、私も東北弁のネイティブスピーカーなのだ。

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2005年10月12日 (水)

「いただきます」

朝日新聞の投書欄にある方が、永六輔氏のコメントに感動したというものがあった。それは「いただきます」の本当の意味・・・というもの。食事をする前に当たり前にようにいう「いただきます」という言葉。これには「私の命につなぐために、あなたの命をいただきます」という意味が込められているというもの。自分が生きるために犠牲となった動物や植物に感謝するということである。

食物連鎖・弱肉強食・生態系などという言葉があるが、生命を維持するためには、別の生命を取り込み栄養素としていかなければならない。特に人間はそうである。我々の命はそうやって維持されているのである。

動物愛護とか、捕鯨禁止などという運動もあるが、人間が食べるために動物や植物を飼育・養殖しているのは、こういう運動と矛盾しているのではと時々思う。養豚場の豚は、人間に食べられるためにつまりいずれ殺されるために生かされているのである。「ベジタリアン」という人達がいて、殺した動物を食べることは嫌うということであるが、植物の命も奪っている。寺では、殺生は禁物ということで、菜食メインだが、これも同じかな?少し屁理屈っぽいけど。

捕鯨禁止運動が起こった時、日本はイギリスの狐狩りのことを持ち出した。「なぜ狐狩りは許されて、栄養価が高い鯨をたべてはいけないのか」という主張である。その際、イギリスは狐狩りは「文化」といった。なんか変な理屈。

私は動物愛護に反対なわけではない。むやみに虐待をしたり、人間の勝手で殺したりすることはいけないと思っている。ただ、この「いただきます」の本当の意味を考えると複雑である。

出された食事は残してはいけない・・・・。この意味も、この「いただきます」の言葉を噛み締めると納得する。

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2005年10月11日 (火)

最終電車接続

首都圏の電車では、それぞれの最終電車にうまく接続できるダイヤで運行されているが、仙台のような地方都市ではどうなのか・・・と思っていたら、なかなか上手くできている。

休日に帰省することが多い、私は仙台に戻る時はだいたい東京駅を21時32分に発車するやまびこ167号を利用する。そうすると仙台には23時47分に到着する。さて、ここから自宅までどうやって帰るかということになる。タクシーを利用してもいいが、3,000円くらいかかるので、かなりの出費。しかし、なんと仙台市営地下鉄の最終が仙台駅を23時59分発で接続している。23時59分というのが何ともいえない時刻だか、北行きも南行きも同時刻の発車。新幹線のホームから地下鉄の駅までは相当かかるが、ゆっくり行っても十分間に合う。利用したことはないが、金曜日は新幹線が1本遅いのがある。東京駅を22時16分発で途中駅は上野・大宮のみの停車のため、仙台には23時56分到着。これでは地下鉄の最終は間に合わないが、地下鉄も金曜日は仙台発北行きが24時9分・南行きが24時11分と1本増えて、きちんと接続している。

地下鉄ばかりではなく、JRの在来線も、東北線は白石行きと松島行き・仙山線も愛子まで、仙石線も東塩釜まで、金曜日の増発便も含めて、すべて新幹線の最終と接続している。

仙台のような地方都市でも、接続ダイヤが上手に組まれているのは、驚き。鉄道沿線から離れている地区の人はタクシーを利用するしかないが、上手く鉄道を利用すれば、タクシーを利用することもなく最終電車で帰宅できる。仙台駅のタクシー乗り場もそれほど行列にならないのもそのせいかな。

私の住む、地下鉄泉中央駅では、最終の地下鉄に接続して、深夜バスが運行され、泉地区の北部まで帰宅の足が確保されている。景気のいい時代は、タクシーの利用が多かったが、最近は最終電車接続がうまくいっているので、便利になったと思う。

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2005年10月10日 (月)

「男たちの旅路」

NHKアーカイブスという番組があり、過去に放送された番組のうち、秀作とされているものを再放送しています。今回は1977年放送の土曜ドラマ「男たちの旅路」から「シルパーシート」というもの。文化庁芸術祭テレビドラマ部門で大賞を受賞した作品です。老人の孤独と疎外を中年・若者の世代を超えた交わりの中から、問題視した作品。

この「男たちの旅路」は鶴田浩二扮する、特攻隊の生き残りの中年が主役で、警備会社を舞台に様々な事件を通じて、世代間の価値観の違いを映し出していくという、私からみても秀作ドラマです。水谷豊や桃井かおり、柴俊夫・森田健作が若者世代のガードマンとして、鶴田浩二と対立していく。最後は鶴田浩二の「オレは若い奴が嫌いだ」というセリフと、特攻隊の生き残りということを未だに引きずっている様子と、それが理解できない若者世代を見事に表現していた。

私がこのドラマの本放送を見たのは、中学生ぐらいだったので、それほどインパクトはなかったが、再放送をされるたびに私自身も若者・中年となり、感覚も変わってきた。

脚本は山田太一。この作品は彼の代表作であろう。山田太一のドラマといえば、TBSの「岸辺のアルバム」が有名だが、内容的にはこの「男たちの旅路」の方が質の高い内容だと思う。NHKということもあるが、当時のドラマは民放もみんな骨っぽいいい作品を作っていた。特にTBSは「ドラマのTBS」といわれただけに、ここからも秀作があった。他局も競っていい作品をつくっていたと思う。最近のドラマはそういうものがなく、ストーリーが単純。逆にいうと、こういう重いテーマは疲れるのだろう。

「男たちの旅路」の主演の鶴田浩二はすでに亡くなっている。音楽もミッキー吉野がいい味を出していた(ミッキー吉野は、後日麻薬関係で逮捕されている)。

「赤いシリーズ」といい、今回の「男たちの旅路」といい、70年代のテレビドラマが懐かしく感じられた。

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2005年10月 9日 (日)

海外ドラマ

土曜日の夜は、NHK総合テレビは海外ドラマが2本放送されています。

一つは韓国ドラマ。10月からは新シリーズで「宮廷女官・チャングムの誓い」。そして、その後、「爆笑オンエアバトル」「ニュース」をはさんで、アメリカの「ERⅨ」。どちらも、衛星放送で放映されたものを総合テレビへというものです。日本のドラマとは違った感じの海外ドラマ。それなりに面白いですね。日本のドラマは似たような作品がたくさん放送されているので、海外ドラマは新鮮な感じもしますし、もともと日本じゃないと思うので、気軽に見られるのも楽しいです。

ただ、海外ドラマで困るのは、登場人物の名前と俳優さんを覚えるのが大変。韓国ドラマでは、ヨン様やイ。ビョンホン・チェジウなどははわかりますが、あとは似たような名前でよくわかりません。韓国の方の名前もみんなカタカナで書かれているし。ERの方は、かなり前からのシリーズなので、だいたいわかりますが。

それと、吹き替えの声優さん。両方のドラマに登場している方もいます。声が似ているな~と思ったら、やはり同じ人でした。頭の中で、イメージがだぶります。

実際の俳優さんと声優さんと声がかなり違うのもおもしろいです。韓国の方では、ヨン様と萩原聖人さんと少し似ています。チェジウさんと田中美里さんは少し違いますね。イ・ビョンホンさんと高橋和也さんは、まったく違う感じです。吹き替えばかりで見ていると、実際の声を聞くと、驚いてしまうのも不思議です。

そんなことを思いながら、海外ドラマにはまっていく私です。

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2005年10月 7日 (金)

「赤いシリーズ」復活

TBSテレビの開局記念ということで、山口百恵主演でヒットした30年前のヒットドラマの「赤いシリーズ」のリバイバル番組が放送されている。

春には「赤い疑惑」昨日までは「赤い運命」。そして冬に「赤い衝撃」が予定されている。時代設定はそのままオリジナルと同じ設定。俳優人は、今の人達です。時代設定が昭和なので、ところどころの小道具は古いものにしていますが、何となく違和感があります。ただ、車をみると、当時のものを使っている。しかし、ファッションは今より少し地味という程度なので、これも少しおかしい。そこまで古くすると今見ている人に逆に違和感を感じさせるからであろうか。

赤い疑惑もそうだったが、タイトルバックもオリジナル版に似せている。山口百恵が歌った主題歌は、アレンジされて現代風になっている。こちらはオリジナルの方がいいな。

赤い疑惑では、母親役が元キャンディーズの田中好子。赤い運命では、紺野美沙子。へぇ~と思いましたが、私ももう子持ちだし、時代を感じさせます。しかし、このドラマ「大映ドラマ」といわれ、主人公がこれでもかこれでもかといじめられる。そして、不幸のどん底に落ちていく。今の日本のドラマには、そういうものは少なくなった。韓国ドラマがブームになったが、ストーリー構成がよく似ている。実は、韓国ドラマが、この「赤いシリーズ」を手本にしたとう話しもある。

なつかしさもあって、少し見てしまった。

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2005年10月 4日 (火)

少し、真面目に仕事

今日から3日間、東京の本部から部長が来て、同行営業。少しというかかなり緊張。いつもは適当に仕事をして、疲れたり面倒になると、行き先を変更したりなんて日々も。今度はそうはいかない。別にその時だけいいところをみせるつもりではないけど。

さすが部長。営業トークも話術のうまい。自分には自分のスタイル・・・・と思いながらも、私はこの会社から給料をもらっているので、やはりその分の貢献をしないといけない。

でも、疲れたよ~。今日も明日もプールにもいけないし。ただ、少し真面目に仕事をするのもいいものです。少し大げさにいうと、自分がこの会社の看板を背負っているのだし。

あと2日、大変だけど頑張るよ~。

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2005年10月 3日 (月)

寒くなった。

10月最初の平日の今日。高校生や中学生は衣替えです。盛岡は10月になるとめっきり寒くなるので、一般常識のとおり10月に衣替えです。

東京はまだ、暑いので冬服は早いかもね。そういえば東急電鉄は、資源エネルギーのためということで、10月いっぱいは夏服だった。

東北の秋は短いです。もうすぐ冬が来ている感じ。ほんの少しの期間ですが、またいい季節。それでも、せまり来る冬の寒さに備え、冬支度。そしてなんとなく暗い感じになっていくこの頃。一日一日が寒くなり、日も短くかっていく。18年くらいここで育ったはずなのに、東京暮らしが長いと忘れてしまいました。久々に感じるこの季節です。

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2005年10月 2日 (日)

疲れた~

スポレクマスターズ。

故郷での大会、いものこ汁(2杯も食べた)、産直の出店などもあって楽しかった。

開始式というものがあって、選手入場行進もさせられて。宮城県選手団で入場行進したし。大会で入場行進をするのは、高校の時の高校総体の開会式で吹奏楽団以来かな?あの時は暑くてきつかった。

結果は、ベスト更新ならず・・・・惨敗かな?

でも、少し先がみえたような。

こっちで利用していた盛岡のクラブの人にも合い、打ち上げの誘いも受けたけど、あの方、こっちが仙台の人間でたまたま来ていたこと知らなかったみたい。その人とは普段は一言二言しか話さないのにね。こういう大会では不思議に知り合いができる。

仙台での先輩やコーチにもお世話になったし、タイムは悪かったけど、それなりに楽しめた感じ。今日と明日は盛岡の実家で過ごし。火曜日からはまた仕事。

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2005年10月 1日 (土)

来週は忙しいよ

これから夜、東北道を北上し、盛岡に出かけます。

明日は、盛岡で行われるスボレクマスターズに参加して、そのまま実家で過ごし、月曜日は休養します。

火曜日からそのまま2泊3日で、岩手県内陸地方を営業です。

少し忙しいよ~。

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