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2005年11月27日 (日)

東京ラブストーリー

1991年のフジテレビ系列の月曜日の9時(いわゆる月9)で放送された、トレンディドラマのはしりの名作ドラマがこの東京ラブストーリーです。柴門ふみさんの原作漫画を鈴木保奈美と織田裕二のコンビで「カンチ」「リカ」の名セリフも話題になりました。

何で今頃?というと、機種変更をした携帯電話の着メロをダウンロードしていて、偶然小田和正の「ラブストーリーは突然に」があり、これを聞いているうちに思い出しました。

1991年の1月から放送されたこのドラマ。私にはいろいろと思い出があります。この時は社会人になり仙台に赴任してやっと仙台にも仕事にもなじんだ頃。そして今の妻(元の妻はいませんが)との交際が一旦終わり、踏ん切りをつけようとした時のものです(その数年後に妻と再開し、しばらくしてから結婚しましたので、この東京ラブストーリーは、妻との共通の思い出はありません)。

織田裕二扮する長尾完治のように私はカッコよくなかったけど、交際を終わらせた時の自分とダブって・・・・。カンチのように二人の女性の間で揺れたわけではないのですが、自分の気持ちをはっきり伝えられなかった自分と、リカ・さとみの間で揺れ動くカンチの気持ちをうらやましく、そして歯痒くみていました。

日向敏文の音楽も効果的で、場面場面で大いに盛り上げていたし。そして、主題歌の「ラブストーリーは突然に」がところどころで印象的に流れ、私のひとつの青春時代の思い出です。この時代はバブル期に差し掛かる時代で、東京に限らず、仙台の街も急激に都市化していきました。あの頃の町並みが今も残ります。

もう、15年も経つのですね。今の20代の世代の人はこのドラマ知らないかも知れませんね。ただ、ハラハラドキドキは現在の韓国ドラマの原点みたいな気もします。

あのドラマの放送開始は、1月の寒い時期でした。またその季節がやってきます。今また仙台で一人暮らし。レンタルビデオでまた見てみようと思っています。

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2005年11月25日 (金)

携帯電話

携帯電話は、今はもう必需品のようになって小型になっていますが、以前は重く、肩から下げるような形のものだったようなことを覚えています。

私は、携帯電話の操作が苦手で、今時の若者のようにカッコ良く使いこなしてはいません。もともと電話が嫌いなんです。私が学生の頃は、携帯電話なんてなかったので、女性の家に電話をする時なんかは、電話の前で深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、お父さんがでたらどうしようと思いながらハラハラドギドキしていました。そして、本人ではなく家族の人が最初に出た時は、「私は・・・・・」とまず、自分のことを説明して、相手を呼び出してもらうなんてことをやっていました。今は本人にダイレクトに電話できるので、そういう緊張感もないのでしょうね。社会人になっても、携帯電話なんて会社から持たせてもらえなかったので、出張の時は、公衆電話を探して、定時連絡。でもその反面、何をしててもわからないという良い面(本当は悪いこと)もありました。

今は、会社でも携帯電話を持たせてくれるので、必要な時だけ連絡が来たり、こちらから電話をしたりします。困ったのは、運転中。道路交通法の改正で運転中の電話が禁止になり、違反者は反則金と減点が課されます。電話が鳴っていてもでられないということもあって、そんな時は、サボッていると思われてもな~・・・と感じます。最近うちの会社では、会社の携帯電話機で私用電話をしている人がいるということで、頭に何かの番号をつけると料金を別に請求される方式があるということで、支払い口座の登録をさせられました。そんなことなら、私用禁止でいいんじゃない・・・と思っていたのですが、公衆電話がだんだん減ってきているので、やむを得ず私用の電話をすることもあるので、会社の携帯を使わせて欲しいという要望があったからということです。

でも、私は自分の携帯があるので、区別はしています。ところで、昨日機種変更をしました。今まで使っていたのは、ドコモのmovaのN252iでした。単身赴任をするようになって、電話の回数も増え、パソコンのメールも出張中には見られないので携帯の転送しているので、結構頻繁に使っています。離れている妻や子と、テレビ電話や動画メールなんかをすれば楽しいのでしょうが、見れば、いつまでも見ていたくなって仕事になりません。また、携帯の通話料は以外と高いのです。こちらに赴任して最初の月は、なんと電話代が1万円を超え、これはいかんと思いました。

最近は、メールと簡単な電話だけにしています。そんな私には、movaの簡単なもので十分。実は、今使っているN252iは、N253iが出た直後に買い換えたので、ドコモのポイントを使ったら、ほとんど無料でした。

しかし、ひと世代古い機種をサービス価格で購入してしまうと、新型のN253iが欲しくなります。何度か機種変更をしようと思いましたが、半年経ったくらいでは、まだまだ高かったです。やっと1年が経ち、それではと思ったのですが、もうmovaは少なくなっていて、特にN253iは、在庫のみ。チェス様が以前ご自身のブログで書かれていましたが、今はFOMAの時代。通話料金も一律化になったので、今度はFOMAへと思ったのですが、やはり機械本体がかなり高く手が出ません。FOMAの機能を使いこなせないのなら、別に高い機種と変更する必要はないのです。

N253iが欲しいと思った今、皮肉なことに近くのドコモショッブでは在庫がなく、姉妹店にあれば取り寄せるとのこと。それでもなんなとなくあきらめきれなくてふと覗いたドコモランドになんとN253iがありました。もう在庫わずかといわれ、N253iも最後のシリーズなので、ぜひ欲しくなり、思い切って機種変更を。

今回は、ポイントと留守電などのパッケージサービス加入で、3,500円くらいで済みました。他のドコモショップではもっと機械本体は高かったので、ラッキーと思ったのもつかの間。帰りに立ち寄った。「コジマ電機」で、もっと安くなっているんだもの。

最初から、ここで買えばよかったと思っても後の祭りでした。ちなみに、うちの娘も、まだ小学生ですが、携帯電話を持っています。おじいちゃん(妻の父)が買ってくれました。小学生のくせに~・・・と思ってしまいますが、広島の事件のように、物騒な世の中になったので、娘はいつも、「防犯プザー」と携帯電話(プリペーイド式のもの)を持って出掛けます。困ったものです。

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2005年11月21日 (月)

ダイエー山形店閉店

昨日、ダイエー山形店が33年の営業に幕を下ろしました。ダイエー山形店は、ダイエーが東北地区にはじめて出店したところです。次が盛岡店。ダイエーという全国チェーンの大手スーパーが東北に進出ということで、東北地方の経済界には大きな衝撃が走ったのが山形進出でした。当時の山形市は、従来の中心商店街からダイエーのある駅前に「流れが変わった」ということで、これも大手スーパー対地元商店街との戦いという構図ものんびりとした東北経済に影響を及ぼしました。

私が10数年前に仙台に赴任した頃、営業担当が山形県でしたので、このダイエー山形店にはお世話になりました。当時は、酒田市にも鶴岡市にもダイエーがあり(今は閉店)、ダイエーオリジナル商品はどこでも手に入りました。そして、その頃は、東北地方にはダイエー直営店やフランチャイズ店が数多くあり、ダイエーの最盛期でしたね。

来週27日には、盛岡店も閉店です。これで、ダイエーの直営店舗は仙台店のみになります。私は、泉店が閉店前に、日用品などはダイエーのオリジナル商品を揃えていましたが、もうそろそろなくなってきています。仙台店までいけば買えますが、少しさびしくなってきました。

ダイエー山形店は、市の中心部の店舗でした。郊外の大型スーパーセンターがプームになり、小型・中型の老朽化した店舗はダイエーに限らず閉店が検討されています。秋田駅前にあるイトーヨーカドー秋田店も閉鎖の検討がされているようです。

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2005年11月20日 (日)

「宮廷女官チャングムの誓い」

NHKの海外ドラマ枠で、韓国ドラマは総合テレビでは現在「宮廷女官チャングムの誓い」が放映されている。この枠では、韓流ブームのきっかけとなった「冬のソナタ」「美しき日々」、そして少しアクション系が入った前作の「オール・イン」。これらは、すべて現代劇で、出演する俳優さんも日本人の現代とそっくり。内容は、70年代に流行した「大映ドラマ」のように、ハラハラドキドキ。それが受けたのであろう。

今回の「宮廷女官チャングムの誓い」は、いわゆる時代劇。それも女性の世界を描いたもの。日本の「大奥」とは異なっているが、女性達の様々な人間模様が繰り広げられる。日本とは違う、朝鮮王朝の宮殿やしきたり。でも、そんなに違和感なく見られる。しかし、さすが韓国ドラマ。毎回ハラハラドキドキという場面は盛りだくさん。どうして毎回こんなに試練があるの~と思うくらい。それがまたいいのだけれど。

エンディングテーマも印象的なメロディー。中国・韓国・日本と東洋の旋律が混じったような曲。どことなく懐かしい感じもする。

さて、この物語は、1年もの。まだ始まったばかり。先は長いけれど、楽しみなドラマである。

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加湿器

冬は、空気が乾燥し、肌や喉に悪影響を与えます。特にエアコン暖房や温風ヒーターなどの乾いた温風で部屋の空気を暖めるシステムでは、室内がいっそう乾燥します。

以前のストーブでは、上にやかんを置いたりして湿気を補っていましたが、今は加湿器という便利なものがあります。私は、アトピー性皮膚炎なので、乾燥した室内では、かゆみが増してきます。家族で住んでいた時は、娘もよく風邪をひいていたので、12月には加湿器登場でした。

加湿器が一般的に普及して来た当初の製品は、超音波式というもので、水を振動させ、気化させるものでした。ただ、これは雑菌をそのまま噴霧する恐れもありました。そして、水道水の塩素もそのまま噴霧するので、部屋中白い粉が付着ということも。とういことで、次に出たのが、加熱式。これは、単純で水を熱で蒸発させるもの。超音波式に比べ、勢いはないのですが、沸騰させた蒸気が放出されるので、クリーン。ただ、これの欠点は電気代がかかるのと、蒸発皿に塩素の塊が付着して、まめに掃除をしないといけないことです。

最近は、ハイブリッド式といって、加熱式と気化式という新しい方法を混ぜた新製品も出ています。ただし、これは高いです。

私は、とりあえず加湿できればいいので、加熱式を使っています。仙台での私の部屋の分は新たに購入しないといけないので、先日この加熱式のものを購入しました。まだ11月ですが、仙台は寒くエアコンも全開とはいかないにしても、暖房にしてお世話になっています。エアコンを切ると、窓についた結露の水分があるので、室内の湿度は高くなりますが、暖房中はどうしても乾燥がひどいです。加湿器のおかげでどれぐらい役立っているかはわかりませんが、気休めでも効果があります。そして、私はほとんど毎日洗濯をして部屋干しするので、湿度は快適だと思っています。

問題は、出張でホテルに泊まるとき。今は室内に加湿器付のティーサーバーがあるところもあれば、貸し出しをしてくれるところもあります。しかし、そういうサービスのないところでは、結構つらいです。そういう時き、バスルームに水を張り、ドアを開けたままにしたり、濡れタオルをベッドの脇に掛けたりして工夫をしています。

日本は湿度の調整が大変な地域。夏はじめじめして湿度を如何に取るか、そして冬は湿度をどうやって加えるか?まあ、それが日本の気候のいいところでもあるんだけど。

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2005年11月17日 (木)

結婚式

紀宮清子さまと黒田氏の結婚式が先日行われました。皇室関係者の結婚式なのに、非情に質素で、新鮮で麗しい感じの結婚式と披露宴でした。特に、紀宮様の衣装は、派手なドレスではなく、皇后美智子さまのお着物をというもので、とても感動的でしたね。天皇陛下も皇后陛下も普段のご公務の表情ではなく、娘を嫁がせる父親・母親の表情がみられ、ますます皇室と国民との親しい関係が築かれたような気がします。お二人の末永いお幸せをお祈りいたします。

ということで、私の結婚式はどうだったのだろうとふと思い出してみました。今から13年前ですね。式場もどこにするかいろいろともめたっけ。私は30歳だったので、少し落ち着いた質素なものでもと思ったのですが、一生に一度のことなので、派手ではなくても、それなりにやりたいこともあって。招待する人も100人くらいの予定が、150人くらいになり、会社関係を呼ぶと、大学の友人が呼べなくなるし・・・なんて感じで。幸い、私も妻も大学の同じサークルだったので、大学の友人は男性は私の方で、女性は妻方で呼び、あとは、ゼミ関係の友人が少々といったものでした。でも、私の会社の上司が媒酌人だったので、会社関係は私の方がオーバー。親戚は妻の方が多くて、なんとなく収まりました。

妻の「お色直し」は3回、私は2回。少し多かったかな?でも、私が和服をどうしても着たくて、その後洋服になると、妻は3回になっちゃうのです、自然に。その当時は紋付袴にあこがれていて、最初はそれを着ましたが、痩せている人は、腹にタオルなどを巻き、着付けの姿勢を整えますが、私は当時かなり太っていたので、着付け係りの方に「このままで大丈夫ですね」なんていわれましたね。控え室から、式場・披露宴会場までの廊下。かなり緊張したけど、すんなりとやった感じでした。一番大変だったのは、食事がテーブルに出されても食べられないことです。午後の開始でしたが、朝からばたばたして何もたべていなくて腹が減っていたのに、食べられないのです。係りの人から「新郎・新婦の方は、少し手をつける程度にしてください」と釘を刺されていたし。酒はどんどん飲まされるし。バケツに捨てようと思ってもある程度は飲まないといけないから。

そんなこんなの、あわただしい披露宴でした。私達が式と披露宴をしたホテルはもうじき、再開発で、閉鎖になります。都内でも伝統のあるいいホテルだったのですが、時代の波には逆らえないようです。閉鎖になる前に、妻と訪れてみたいと思っています。

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2005年11月12日 (土)

かな入力

パソコンやワープロで日本語を入力する時に、たいていの方は「ローマ字入力」ですよね。

ローマ字に一度変換して、「た」だったら「TA」と入力して変換をします。私は、どういうわけか、「かな入力」なんです。ローマ字入力の長所は、ローマ字は26文字なので、打つキーが少なく、いわゆるブラインドタッチがたやすくできます。かな入力の長所は、そのものズバリのキーを打つので、キーを叩く回数が減るのと、頭の中でローマ字に変換する必要がないのです。ただし、かなはローマ字に比べ文字数が多いので、ブラインドタッチを覚えるのはローマ字に比べ広範囲になります。また、視線を広くしておかないといけないので、目が疲れます。

私は誰に習ったわけではないのですが、かなで通してきました。きっかけは、一番最初に買ったワープロが50音配列になっていたので、ローマ字に変換するのが面倒になりました。もともと、頭の回転が鈍いので、いちいちローマ字なんかに変換してはいられません。

パソコンの初期設定も通常はローマ字入力になっています。一度かな入力に直しても、何かの拍子でローマ字になってしまいます。東京で勤務していた時は、50名近く同じオフィスにいてかな入力は私一人でした。仙台では8名いて、もう一人女性でかな入力の方がいます。何となく「同志」といった感じです。「AAさん、ここ見てください~」といわれて、パソコンを触ると、他の人はみんなローマ字入力なので、困ります。だって変換できないんだもん。たまに、休みの人のパソコンを貸してもらうと、ローマ字入力になっているので、設定を直して、そのまま帰ってしまい、翌日持ち主に文句を言われたり、その逆で私のパソコンを誰かが使って、私が使おうとした時にローマ字入力になっていたり。

今からは直せませんし、直すつもりもないので、これからもかな入力でいきます。

ところで、私ここのブログでも他の方へのコメントでも、もの凄い入力ミスがあります。もともと、注意力が弱く、きちんと読み返さないから・・・・というのが一番の原因ですが、このかな入力も原因です。隣のキーの文字とのミスタッチがとても多くなります。ローマ字変換では、一度、ローマ字の変換しているので、文字自体の間違いは少ないですね。変換ミスは多いですが。かな入力だと、そのままディスプレイに入力した文字が出ますので、注意散漫になると間違いを見過ごしてしまうのです。

ローマ字入力が主流のパソコン。でも・・・、携帯のメールはかな入力の変形ですよね。とはいっても、ローマ字入力ができる人は、もともと変換能力が速いので、問題ないのでしょうね。たぶん、ローマ字入力の人の方が、知的能力も高いのかも・・・・・。

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雑誌の取材

先日、ある方より紹介され、雑誌の取材を受けました。取材といっても、直接記者の方と顔を合わせるわくでもなく、電話とメールでの取材でした。電話は留守がちのため、内容はすべてメールでのやりとり。便利な世の中になりましたね。

この特集は、一般読者がおすすめの場所を紹介するもの。とはいっても、基本的に記者がほとんど原稿を仕上げるため、取材というのは形式上のもので、ほとんど「名前を貸す」といったようなものです。「おすすめの場所を2か所あげ、利用の感想を」というのが取材の内容。条件に合うものがあまりなかったので4か所ぐらい紹介し、あとは記者の方に判断を委ねました。

うちの会社では、業務の性質上、マスコミ関係に顔写真や勤務先がわかるような形で実名で出る場合には、一応届け出るしくみになっています。後々のトラブルを避けるためなのですが、今回は実名は出ましたが、会社との因果関係も特定できる内容ではなかったのと、顔写真も出ませんでしたので、特に届け出はしませんでした。

印刷の前に、掲載内容をみせて欲しかったのですが、前述のように名前を貸しただけのような形なので、先方も特にそういうことはしませんでしたし、私も要求はしませんでした。

この雑誌定期購読をしていたので、まず先にこの分の本誌が送付されてきました。私の実名と横浜にすんでいた時の団体の名前が載っていました。今はそこにはほとんど行きませんが、今年一杯はそこの所属になっているので、ウソではありません。今の仙台の所属団体にして欲しかったのですが、記事の流れ上は止むを得ない設定だからしかたないな。

実際に内容を見て、私が取材で答えた内容は2割程度で、あとは記者の方の文面で占められていて、さすがプロだと思いました。謝礼として、掲載雑誌を1部いただき、定期購読の分も含めて2冊手元にあります。

まあ、こういう機会もあまりない私にとってはいい経験でした。

ご紹介いただいた方には、心より感謝いたします。

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2005年11月 8日 (火)

仙台の街を散策

昨日は、久々に昼休みは街に出て昼食をとり、帰りはブラブラと仙台の街を散策して帰りました。着任して8か月。12年ぶりの仙台とはいえ、以前5年間住んでいた街ですし、もともと私は東北人なので、仙台という街に新たな発見もありません。別に行きたいところもないし。そう思ってこの8か月過ごして来ました。

確かに、12年前に比べ、多少はビルが多くなっていますが、根本的には変化のない街です。ただ、ふと思い出して。それは、17年前私が大学を卒業して、社会人に成り立ての頃、この街にやってきた時のことです。休みの日にすることがなくて、ただ街をブラブラしていた時の店や通りがそのまま残っていました。とても懐かしく感じられて。

考えてみると、社会人のスタートはこの仙台だったのです、私は。普段乗っている地下鉄もちょうど私が着任した年の前年に開通して、自動改札に慣れない方が苦労していた話が話題になっていました。私が17年前に仙台に来た時は、仙台市はまだ政令指定都市になっていなかったので、住民移動届は仙台市役所の本庁に出しに行きました。今は、区役所に出すので、市役所に行く用事はありません。そういえば、「区政施行記念式典」なんてものもやっていたっけ。

三越仙台店も、当時三越のスキャダルで仙台店も危機になっていたけど、頑張って新館を増築したのもあの頃。もう、古くなったけど。

懐かしさを感じながら、そして夜の冷たい風に吹かれながら、家路に着きました。

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2005年11月 7日 (月)

華麗なる一族

先日、ブログの先輩のチェス様とお話をしていて、作家の山崎豊子さんについての話になりました。社会派の素晴らしい作品を書かれる方です。そして、私が唯一きちんと読んだ本が「華麗なる一族」です。しかし、これは1974年にテレビドラマ化されました(その前に映画化もされた)。私はまだ小学生でしたが、岩手県では、当時のネット局NET(現テレビ朝日)系列局がなかったので、土曜日の午後1時からの放送で、母親と一緒に見ていました。当時としては豪華キャストで、山村聡・久我美子・小川真由美・池部良・加山雄三・林隆三・柏木由紀子・島田陽子・藤村志保・山口いづみ・佐藤慶・三ツ矢歌子・山形勲他というメンバーです。

銀行再編に揺れる、頭取一家の物語。様々な人間関係を描いた素晴らしい作品でした。「小が大を食う合併」を狙う、主人公の銀行。関西の銀行が、関東の上位行をターゲットにして、合併して東京に進出ということになる。そして、その新銀行もまた合併への道へということで物語は終わります。子供の時の記憶なので、大人になってきちんと内容を知りたいと思い、入院していた時に暇なので、小説を読みました。そして、小説の最後に「現実に似たようなケースがありますが、この物語はフィクションのため、そちらとは関係ありません」とありましたが、まさにこれは、「太陽神戸銀行」のことですね。地銀から、都銀となった「神戸銀行」と旧無尽銀行から都銀になった「太陽銀行」。格は、太陽銀行の方が上だったのですが、神戸銀行主体で合併し、本店は東京に置いたという設定はそっくり。そして、その太陽神戸銀行も、三井銀行と合併し、「太陽神戸三井銀行」→「さくら銀行」となり、今度は財閥同士の合併で住友銀行と合併し「三井住友銀行」になりました。太陽神戸の名前はまったく消え、今の銀行内でも、旧太陽神戸組は、少数派とのことです。

ところで、このテレビ版「華麗なる一族」は、大阪に本社のある「毎日放送」が製作しました。今、毎日放送はTBS系列です。当時は、大阪だけ朝日放送がTBS、毎日放送がNETというねじれ現象が起こっていました(詳細は、ここに詳しく書かれています→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%94%BE%E9%80%81毎日放送は華麗なる一族を最後のNET系列のドラマとして製作し、次作からはTBS系列での製作となったものです。

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2005年11月 6日 (日)

GAP

ファッションブランドで「GAP」というものがあります。アメリカのカジュアルブランドですが、日本にも進出して、人気があります。アメリカントラッドから、カジュアルまで、それなりに工夫されています。最近はトラッド系のものは少なくなっていますが、シャツなどはそのままビジネスシーンでもOKです。

私がはじめてこのブランドを知ったのは、カナダに旅行をした時です。その当時はかなり太っていたので、着るものはすべて「大きいサイズコーナー」でしか対応できませんでした。伊勢丹にはそういうコーナーがありましたが、高くて。アメリカンサイズは比較的大きいサイズなので、旅行の際が買い得です。GAPではないのですが、「Banana Republic」とというブランドを見つけ気に入ってしまいました。「XL」サイズでゆったりと着れ、わりとオシャレで、伊勢丹の大きいサイズコーナーのブランドより安かったので、シャツを数枚購入しました。そして、次にアメリカに行った時、Banana RepublicとGAPが同じメーカーと知り、今度はGAPの店に行ってみました。そうするとたくさんあります、気に入ったものが。そしてまた衝動買い。といっても私のサイズでは必需品だったので。

日本に戻り、しばらくしてGAPが日本に進出していることを知りました。その頃は、大きなショッビングセンターに盛んに進出していたので、私の住む横浜市の港北ニュータウンの北の阪急・南の東急ともにショップがあり、私にはありがたかったです。シャツのサイズは「XL」サイズもあり、私には救いの神。伊勢丹からここへと私のご用達は変わっていました。

そのうち、ユニクロがブームになり、GAPと同じ路線の商品をそろえてきましたが、ユニクロのXLは、私には小さくダメ。

最近、ダイエットをしてユニクロが入るようになり、今はユニクロが御用達です。ユニクロで「L」サイズが入るようになったので、なんと行っても安いし。

仙台に来て、仙台にもGAPの店ができました。なつかして入ってみましたが、やはり高いので、見るだけです。GAPのサイズだと、今私はMサイズで大丈夫です。以前買った「XL」のシャツは本当にブカブカで着られません。ユニクロの「XL」もゆったりです。でも、仙台に来て8キロ太ったので、またそれが役に立つ日が来るかもしれません。来て欲しくはないのですが。

GAPは、子供服や、ベビー用品もかわいいです。私がGAPに通っていた時、娘にもGAPの服を買っていました。妻はあまり趣味が合わないようでしたが、娘は気に入っていました。今はどうでしょう。下の子のベビー用品はたまにGAPで買います。帰省先にはGAPがあるので時たま覗きます。

GAPの青い紙袋。あれもオシャレですね。

当時、日本にはなかったBanana Republicも日本に進出しています。そして、GAPはなんと、私の実家のある盛岡市にも、進出です。「盛岡でGAPが買える」なんて。盛岡の人はどう受け入れるのでしょうね。それも楽しみです。

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2005年11月 3日 (木)

暖房

そろそろ、暖房がいる季節になりました。横浜に住んでいた時は、社宅(借り上げ)全体が「灯油のストーブ禁止」だったので、こたつとエアコンの暖房、電気ストーブのみでした。灯油を購入する手間や、換気の必要もなく、良かったのですが、電気代が高い。冬期は月1万円以上もかかりました。

仙台ではどうしようかな?と思っています。以前独身で一人暮らしをしていた時は、やはりコタツと電気ストーブ(後で、エアコンを買った)で過ごしました。部屋が狭くて、散らかっているので、とても灯油のストーブは置けなかったのです。私の実家のある盛岡市では、エアコンではとても寒くて居られません。日中でも氷点下という真冬日があるからです。だからみんな灯油の温風ヒーターを持っています。仙台はそこまで寒くならないので、エアコンだけで大丈夫かもしれません。

ところで、私は横浜にいた時も、仙台でも盛岡でも、部屋を暑くして、薄着でいる生活です。もともと、寒冷地盛岡で育った私は、何となくそういう生活になっていました。暖房を止めたり、弱くするととたんに寒くなります。だから、日中でも常に暖房をつけていないといけません。そうすると、自然に薄着でもいい感じになります。省エネルギーのためには、なるだけ厚着をして暖房に設定温度も下げた方がいいのですよね、本当は。クールビズに続いて「ウォーム・ビズ」というのが今度は流行になりそうです。確かに、オフィスでワイシャツ1枚になっているのだったら、厚着をすればいいのでしょうね。

私ははじめて、東京に出て一人暮らしをした時に、親戚や知人に家に行き、驚きました。日中は、暖房を入れていないのです。確かに晴れた日で、陽がよくあたる部屋は暖かいです。でも、私にはとても寒くて寒くて。みんな、セーターなどの厚着をして平気でいます。とても信じられませんでした。結婚して、妻は東京の人なので、やはりそんな感じ。冬の夜に家に帰ると、寒くて寒くて。私が暖房を入れると、「暑い・暑い」といわれました。それでも「電気代はオレが払うんだ~」といって、部屋を暑くしていました。子供が生まれ、娘が大きくなってからも、そうしていたので、娘からも「暑い」といわれていました。

今、仙台に居ても、相変わらず部屋は暑くしています。でも帰省すると、きっと寒いんだろな~。でも今度はわがままいえないから。

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2005年11月 1日 (火)

温泉禁忌症

私は、アトピー持ちなので、皮膚が敏感です。プールのように塩素濃度が高いところにいると、塩素による皮膚の乾燥で、皮膚の発作(痒み)がでてきます。

それと同様に、温泉もダメなんです。日本は温泉の宝庫。特に東北地方はいいところがたくさんあります。ゆっくりと温泉独特の匂いにつつまれて、温泉の効能も堪能して・・・なんていうのが、一般的に楽しみなのですが、私は、この温泉の水質で発作が出てきます。

天然温泉に行くと、必ず水質分析がされていて、効能と禁忌症かげあります。禁忌症には「慢性皮膚炎」とあります。ただし、効能にも「皮膚炎」とあります。これは両刃の剣のようなもので、皮膚炎の治療には、温泉が利用され、最初はひどく炎症を起こしても継続して入浴するうちに完治していくというものです。

私のように治療目的ではなく、レジャーで利用する場合には禁忌症の方が強くなります。あの腐卵臭のする硫黄の温泉。これこそ温泉の代名詞のようなものですが、私はこれもダメです。入浴後はヒリヒリします。特に高濃度・高温の硫黄泉は、肌のいいといわれていますが、私は過敏反応です。なので、長時間の入浴はせず、すぐにシャワーで洗い流します。だから本当につまらないのです。

先日、秋田市で泊まったホテルは、天然温泉の大浴場が併設されています。私も久々の温泉だったのと、宿泊者は入湯税150円で何度も利用できるので、長時間利用していました。今日になって、身体のところどころに発疹ができてきました。ここの温泉は、硫黄温泉ではありません。秋田市内や秋田・山形両県り日本海沿岸では、塩分を含んだ、温泉が出ます。宿泊したホテルは、市の中心部なので、源泉の温度は低めでしたが、強度塩成分とのことです。すごく塩辛かったです。これにやられてしまいました。

温泉に入るのも楽しみなんですが、これがあるからなかなか行けないのです。残念。

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