« やっぱり、一本橋が・・・。 | トップページ | 三沢市にて »

2006年11月22日 (水)

異動希望を出す

うちの会社では、毎年この時期に「自己申告」といって職場の状況や雰囲気、自分の抱えている量が適性かどうかなどを申告する制度があります。そして異動希望や退職の予定があるかなども同時に申告します。

それをもとに上司と面接をするしくみですが、これはほとんど形式的なものです。異動希望の欄らは「すぐに異動したい(1年以内に)」「異動を希望しない」「ここ1年は希望しない」という3つの選択肢があります。「ここ1年は希望しない」というのはどういう基準なのかわかりません。1年経ったら異動を考えるのか・・・。そしてそれぞれに理由を選ぶところがあって、「今の部署が長いから」とか「他の部署でチャレンジしたい」とか「その他の理由」などを選ぶことができ、地域も希望ができます。

私は、新人の時に仙台に赴任したのがイヤなのと、営業の仕事もイヤだったので「異動したい」と書き続けました。ある時、人事部長に呼ばれ(出張の時)「被害者意識を持っている者はいかん。異動したいという者は異動対象にならない」と言われたことがありました。そのうち仙台にも慣れて、異動希望を書かなくなり、あともう少し頑張ろうという時に東京に異動でした。

東京では、何回か部署を異動したことがありましたが、人間関係の問題は多少ありましたが、異動希望は書いたことがありませんでした。7年同じ部署に居て、在籍年数が多いとのことでそこを追い出され、次の部署で3年。最初は「機会があれば(という選択肢もあった時代)」異動したいと書き、上司に「やっぱり異動したいのか?」と言われました。機会があれば・・・なので機会がなければ今のままという意味なのですが、上司によってはそういうことも気にする人もいるようです。

私が2度目(つまり今)仙台に赴任した時は、異動を希望しないと書いていた時期でした。仕事も変わったばかりでしたし、自由な時間もとれ、アフターファイブも十分楽しめました。こんな楽しい部署から異動したくはありませんでした。特に仙台は一度赴任してその大変さを知っているので、「仙台だけは行きたくない」と上司には言っていたのですが、何のはずみかで仙台に赴任することに。その時は期間は言われていませんでしたが、私はもう歳なので若い人が来るまでのリリーフということでした。

現実的には仙台に来る人はいません。私もあの時の約束を盾にとるつもりもないのですが、子供が小さいことと、二重生活、そして長期の出張が疲れることがあり、いろいろ考えて。

とはいっても異動希望なんてそんなに簡単に通りません。私だって希望もしていないのに仙台に来たし。私自身も今の業務を投げ出すのは惜しいこともたくさんあります。異動希望を出して、上司とよい関係が築けなくなる場合もあります。またそのことで同僚との摩擦が出ることも。

私はもともと東北人なので、仙台は嫌いではありませんし、東北地方がイヤなわけではないのです。スポーツクラブでの仲間の方とも別れたくはない面もあります。仮に異動が叶って、新しい職場が今の仙台よりも人間関係がひどく、もっともっとつらいことになり、「それだったら仙台の方が良かった」と思うかもしれません。また、私の両親も高齢でなため、盛岡に出張のたびに帰っていました。異動をしたらそれもできなくなるかも知れません。両親も元気でいられるのはあとわずかなので、このまま仙台に居た方がと思うこともありましたが、私は家族とともに居られる時間が欲しいと思っています。たとえ仕事がどんなにつらくても、その方が耐えられるのでは?と感じています。

世の中には、半年以上も家族と別々に暮らしている方もいます。その方達は家族のために必死に働いている。でも、必ずしも多い数ではないのです。そういう家族はそれなりの覚悟があってのこと。私には少し無理だった感じもあります。

異動ができることになっても、今年度(来年の3月まで)は無理です。私もその前に異動は考えていません。その間に、ここでやれることは精一杯やらないと・・・。

しかし、これも「取らぬタヌキの・・・」となりそうな予感もあります。そして、もっと状況は悪くなるかも。

|

« やっぱり、一本橋が・・・。 | トップページ | 三沢市にて »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26675/12776485

この記事へのトラックバック一覧です: 異動希望を出す:

« やっぱり、一本橋が・・・。 | トップページ | 三沢市にて »