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2007年5月31日 (木)

もう少しで、引越し。

考えてみると、あと2日で、仙台を去ります。ということは、もう少しで引越しなんですね私。でも、何も準備していません。少しあせって着ました。というより出来るかな?という感じです。

2年前に仙台に来る時は、家族でいたところを私が仙台へ、妻たちが新百合ヶ丘へといった感じで、私はそれほど荷造りなどはしませんでした。妻がまだ体調が悪かったことと、私が引継ぎでいろいろと忙しかったので、妻の家族に手伝ってもらって、少しずつ進めていましたね。私も、毎日家には帰っていましたので、多少はやっていたかも。

しかし、今回は出張があり、そして自分1人でやるので、まだ手付かず。本当に日曜日に引越しできるの?という感じです。3日の朝には搬出のトラックが来ます。とりあえず、本や食器・衣類をダンボールに詰めることをしないいと。「明日・・・」と思っているうちにずるずると。こうしてプログを書いている暇は無いのですが。

仙台とももうすぐお別れです。もう少し街を歩いて見たかったと思いながらも。バイクも土曜日に引き取られます。夜に、最後の練習コースをと思いましたが、ここ数日雨。そして明日は送別会なので。

スポーツクラブも今日で会員終了。とても行ける状態ではありません。最後は2日に法人会員で行き、御礼の挨拶の予定です。

会社での自分の荷物の整理もしないと。明日が仙台最終日。最後の書類などの引継ぎ、挨拶など忙しいかも。明日休みの方もいるので、その方とは今日でお別れの挨拶をしました。

会社でも、いろいろと最後にいいたいこともありました。でも今はおだやかに去っていきたい感じです。私がいろいろといっても私が居るわけでもなく、後の人が困るだけです。私が去ることで、複雑な思いの同僚たち。別にやましいことはないのですが、仙台の仕事はそれなりにきついものなので、出て行く人間に対して、いろいろと思うもの。私も若いときはうやらましくそして恨めしく思ったものでした。そういう気持ちがわかるので、私は何も言わずに去ることに。

今の私の部屋は、普段どおりの散らかったままの姿です。あと2日でここの生活が終わります。乗りなれた地下鉄の駅やよく買い物をした店、クリーニング店ともお別れ。少し信じられない感じ。

新しい職場には11日から出勤です。5/1の発令なので1か月以上も過ぎてしまいました。私の部署は私と2人が同時の発令での異動でまだ席がないとのこと。そういうこともあり、1か月以上も着任が遅れても大丈夫だった様子。ただ、落ち着いてからはいろいろと面倒な仕事がありそうなのです。

妻たちは、3日に荷物搬入。私は4日です。4日から新たな生活が始まります。

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2007年5月26日 (土)

引継ぎ。

今週は、いよいよ業務の引継ぎです。仙台に来る時は、仙台側は、前担当者が退職していましたので、10数年前にやった営業の記憶と、地元の岩手県ということで、引継ぎなしでの業務開始。そして、東京での私の業務の引継ぎは、内勤でしたので毎日少しずつといった感じでした。

今回は、営業エリアでの引継ぎなので、得意先をひとつひとつ後任の人と訪問。普段は1か月ぐらいかけて一周するものを短期間でやるので、1週間通しの出張。アポイントをいちいち入れていたら回れないので、簡単に電話を入れ、先方がいなければ挨拶だけにします。

普段なら、あまり影響力のないところは省略するのですが、引継ぎなので一応訪問します。少しハードなスケジュール。そして、1日に何度も同じことを話していると頭の整理もつかなくなります。後任の相方はたぶんもっと大変でしょうね。

私は、きちんと資料を整理したり、得意先についてに様々な状況をまとめるのが下手なのです。成り行きというか、私の頭の中で考え、出たとこ勝負のところがあります。そういう営業スタイルだった私。たぶんそういう私から引継ぐ人は大変なのでしょうね。でもすでに依頼されていることや予定されていること以外は、私の色は白紙にして、後任の人の色を出して行けばいいことと思っています。基本的に、私個人の営業ではなく、会社の営業なので、担当が変わっても同じサービスが提供できればいいことなのです。なので、私の思い入れも得意不得意も、私が感じた重要顧客も例として伝えるだけに留めています。

私としては、それぞれの顧客には辛かったことや、楽しかったことなどそれぞれの思い出が。結局は会社の名前を背負っていたのでできたこともあります。私は案外ドライな営業だったと思います。

引継ぎの挨拶をしても、顧客は私よりも今度の担当者に関心があるのです。今度の担当者がどこまでやってくれるかを見定めています。「あなたが居たから、助かった・・・」とか「あなたが居なくなると、困る」なんて言われると、少しうれしい感じもありますが、逆に言えば、会社組織としてはいいことではありません。なので、さらっと引継ぎができることがベストだと思っています。それが、仕事の世界なのですね。

今週は、私がいろいろとしゃべり過ぎた感じもして少し反省しています。私が話の切り出しをしたら、後任をメインにして、もっと話をさせればよかったと思っています。少しでも私の色を消していかないといけないのですから。

来週残り3か所。その時は後任者メインにして・・・・。

顧客を訪問するたびに、「もうここには来ない・・・」と思うとホッとした感じと寂しい思いもします。もう少しやっても良かったかな・・・と今になって思うこともありますが、自分で選んだ道です。

さて、出張中に転居先の住宅保険や駐車場・バイクコンテナの新規契約の請求書が送られていました。全部あわせると10万円以上もかかります。転居はお金がかかりますね。そして、荷物の整理・・・。全然やっていないのです。間に合うかな?

新居の図面も届き、寸法もわかりました。スペース自体は広いのですが、形が変わっているので、家具の置き場が大変です。デッドスペースがかなりあって、配置が難しいです。それも、大変・・・。引越しは6月4日です。

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2007年5月20日 (日)

SAT隊員の殉職。

愛知県の事件で、警察官1人が死亡し1人が重傷という痛ましい結果になりました。死亡した警察官は、まだ23歳。警察学校を首席で卒業し、選抜されて特殊部隊のSATに配属されたエリート。彼は、高卒なのでキャリアではないものの、その能力で将来を有望視されていたらしいです。そして、彼にはまだ小さい子供が残され。何ともいえない虚しさです。

警察官の家族になることはそれなりのリスクは覚悟していたでしょうが、あまりにも早すぎた別れ。ご遺族にはかけることばもありません。それなりに生活の保障はあるでしょうが、家族でこれから新しい歴史をつくっていこうとした矢先の不幸。それが途絶えてしまったのですね。

厳しい訓練をしてきたSAT隊員。今回も用心はしていたことと思いますが、防弾チョッキの隙間からの被弾という、偶然が重なったような出来事。ほんのわずかな身体の角度や動きで生死を分けたかもしれないですね。そして、それが最悪の結果となって。

アメリカにように、警官が発砲をすることが可とされているケースと異なり、日本は慎重です。テレビドラマのように、やたらと発砲すれば大問題。私も、警官の発砲は慎重であるへきと思いますが、今回のようなことがあると、少し複雑な気持ちになります。

今回の件で、警官が対銃器にどういう影響を及ぼすかも不安です。まずは、銃社会をなくすことが先決。会津の高校生の事件も、彼が銃器を手に入れていたら、大量殺戮をしたかもしれません。そういう世の中にならないためにも、日本の警察官の方達には頑張って欲しいです。

殉職された、愛知県警、林一歩警部のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方には心よりお悔やみ申し上げます。

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2007年5月19日 (土)

どしゃ降りの雨の中・・・・

  • こんなタイトルの歌があったような感じでしたが・・・。

今日は、引越しの見積のため、業者がやってきました。2年前にここに来た時と同じところです。梱包材のダンポールを引き取ってくれるのですが、仙台に来て、またすぐに引越しするかもしれないといって1年間そのまま。昨年の夏にやって引き取ってもらいましたが、今度もまた。それほど荷物はないはずなのですが、結構ガラクタが多くなります。

今は、業者がすべてをやってくれるパックもありますが、うちの会社ではそれはダメなのですす。まあ、費用を全額出してくれるのだからぜいたくは言えません。横浜からの引越しでは、仙台分と妻たちの川崎分への引越しは全部会社が負担してくれました。しかし、今回は仙台からの分しか出ません。他にもいろいろと制約はあるのですが、2年間いろいろと便宜も図ってもらったのでこちらも文句はいえないのです。

あとは、車とバイク。今までは会社で負担してくれたのですが、バイクはダメかもしれません。ところで、バイクの車種を業者に伝えたところ・・・「このバイクは盗難に遭いやすいですよね。暴走族の欲しがるものですよ~」とのこと。以前ジークさんにもそのようなことを言われました。昨日あった若者達も言っていたし。結局私がミーハーな証拠なんですね。

さて、今日は午前中は雨。引越しの時雨だとイヤですね~なんていっていましたが、午後から晴れてきました。そして太陽も出てきて。こんな時はやはり出かけないと。明日は出勤、それから引継ぎで出張。土日にバイクで出かけられるのもあとわすが。17時までにスポーツクラブに行きたいので、そのまで近場を・・・。

晴れ間が見えても、少し小雨もぱらついて。でも陽が照っているのでそのうち晴れるだろうと思っていました。今回の目的地は、大和町の「七ツ森ダム」。社宅から30分ぐらいです。そこから少し奥まで行き、林道の手前まで。2時間くらいで往復できるのです。一通りコースを回って、仙台市内へ。何となく東の空が暗い雲。西の空は明るいのに。「雨ふるかな?」と思っていたら、市内に近づくにつれ、本降り。雨の中を走ったことはありますが、ここまで強い雨ははじめてです。そして、雷も鳴り出し大雨です。水はけの悪い道路を通ったので、水溜りがすごく、自分で走った時や対向車が通るたびに全身に水を浴びます。特に対向車がトラックだと、頭から。

ジャケットは、内部が防水なので、基本的には濡れませんが隙間から水が入ります。手袋とシューズも水浸し。大変なんですね、バイクは。濡れた服に当る風は冷たいです。レザージーンズは何とか持ちこたえていますが。リュックも少し中が濡れ出しました。ヘルメットのシールドも視界不良。できるだけ速度を落として走行します。

雨の日のマンホールや白線は確かに滑りました。そして、制動距離も長くなります。少し恐かったです。ライディングのマニュアル本に「雨の日も風の日も、いつもバイクと接している。それが乗りこなすことの基本です」とありました。確かに、今日のような大雨の日と晴れた日ではバイクの動き方も異なります。そういう様々な条件の下で経験を積んでいくのかな・・・と思いました。でも、やはり雨の日は、止めた方がいい感じもしますね。

せっかく洗車したバイクも一瞬にして・・・。いつもいくセルフのスタンドで雑巾を借りて拭き掃除。早くチェーンの注油方法をマスターして、自分で洗車ができるように・・・、したいです。

Dscf0001_1大和町にある、「七ツ森ダム」小雨が降っていましたが、七ツ森大橋の姿が美しいです(写真が下手)。                    

                                               

                                                                       

Dscf0005_1ダムから10分くらい走ったところです。この先は林道になります。少しきつい勾配なので、Uターンが大変でした。絶対転倒させないように必死で。400CCバイクがこれほど重いとは・・・。

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バイク用品店にて。

私がバイクの免許を取ろうとした時や教習期間中に、仕事で高速に入り、パーキングで止まっているバイクを見ると、よく見に行ったものでした。何となく「いいな~」とか「こんなものに乗ってみたいな~」とか。今度は、私がパーキングに止めると、たまに車の方に、見に来ます。まったく関心のない方がほとんどですが、以前バイクに乗っていた方とか、休みの日にバイクに乗っている方など、たまに声を掛けられます。こちらは、初心者なのでいろいろと聞かれてもわからなくて、会話もうまくいかない・・・といった感じです。

さて、高速道路を走ると、いつものとおりヘルメットのシールドに虫が激突です。パーキングできれいに拭きとっても、すぐにまた。目の前のシールドが虫の血液で赤くなったり。そして、かなりの大きな衝撃というか音も。スピードが出ているので、そういうことになるのですね。ヘルメットの清掃をしていると、シールトの部品が欠けていることに気が付きました。一度落としたことがありますが、その時はきちんと付いていたので、不思議です。たぶん走行中に何かと接触したためなのでしょう。ということで、あたらしいシールドを買いにバイク用品店に。ここは、仙台市でも郊外で周りに何もないところにぽつんとあります。車がバイクでないと来られないところです。小物であれば、バイクで運べるので、原付の方から大型バイクの方まで、バイク置き場にはたくさんのバイク。これを眺めているだけでも楽しいのです。

しかし、私はまだ初心者ですし、他の方に話しかけるなんて勇気はありません。そんな時、私のバイクのところに若い男性二人がやってきて、「いいバイクですね~」と声をかけてきました。あまりいろいろと聞かれてもわからない私なので、少し困ってしまいましたが。

まだ17歳の二人。高校生なのか働いているのか・・・。そういうことは聞かないことにして、いろいろとバイクの話が始まります。彼らは、はじめてのバイクを中古で買った(400CC)とのことで、新車のマイバイクくんが珍しく見えたようです。私の風貌(年齢など)や私が初心者であることを話したら今度は「バイクって楽しいッスね・・・」ということに。「大型乗らないんスか?」。免許ないもの・・・。そんな会話に。彼らのバイクもみせてみらいました。1人は私と同じ型の旧式版。彼もヤマハが好きとのことで息統合。もう1人はアメリカン型。いろいろとカスタムされています。タンクなんてピカピカ。「毎日磨いています・・・」さすが~。そして、ハンドルを高く、懸垂みたいにしているので「疲れない?」と尋ねたところ、「持ってみません?」とのことで跨らせてもらったところ。意外と違和感はありませんでした。ただこの姿勢で長時間運転していると私みたいなオジサンは血の巡りが悪くなるよ~といって大笑い。アメリカン独特の足を投げ出す姿勢も楽とのこと。「乗ってみます?」と言われましたが、もし転倒させたら大変なので遠慮しました。

この二人、外見は・・・、品のよさそうな感じではありません。でもバイクのことを話している時はとても楽しそうに輝いていました。ヤマハの彼は、マフラーを短くして「今は音を少し大きいものにしたい・・・」とのことで改造した様子。そして、「一度コケました」とのこと。ここが、やはり若い人の無謀なところかもしれません。

あの騒音と、外見がバイクに走る若者を良い感情で見られないのが世間一般。確かにそういう見方もあります。ただ、あの二人の少年たちのバイクに夢中になっている気持ちは健全。そして、年上の私に対しての話し方はきちんとした敬語ではなかったけど、しっかりしていました。昔は暴走族など、バイクは「社会の悪」みたいな感じでしたが、今はだいぶ様変わりしてきています。あり若者たちも、今はバイクに夢中なのでしょうが、そのうち結婚して子供が出来れば、バイクからは遠ざかるのかな?そして、私ぐらいかそれ以上になってまたバイクに乗り出すのかも?そんな話をして別れました。

バイク用品店は、様々なバイク乗りたちがやってきて、世代を超えたコミュニケーションの取れる不思議な場所なのです。

うちの坊主が、16歳になった時、バイクに乗りたい~と言ったら・・・。私は何というでしょうね。あと14年後。その時私は59歳・・・になっています。

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2007年5月18日 (金)

バイクに乗りはじめて4か月。

金曜日は、日曜日出勤なので振替休日。このところ、週末の休みは、帰省することはせず、バイクで遊ぶ日々。妻から、「バイクが恋人みたい・・・」とからかわれていますが、自由にバイクで遊べるのもあとわずか。

そんな思いで、今回は「ただ走るだけ」。引越しの準備などで午前中忙しく、時間が空いたのは昼過ぎ。今から出かけても場所は限られます。そして夕方6時までには帰らないといけない用事もあります。そういう時はただ走るだけ・・・高速道路です。お金がかかりますが信号もなく、ある意味楽なコースです。今日は、「横風注意」が出ていましたが、それも慣れました。どの方面に行くか・・・。そうだ今日は平日。南3県は、私の会社もみんな営業に出ているので、ハーキングでばったり会ったら大変。公休日ですが、バイクのことは会社には内緒なのです。そうなると私の担当県岩手県なら、私が休みなので、誰とも会う心配はなし・・・ということで北へ。とりあえず、帰りの時間を計算して、行けるところまで・・・。仙台より北の東北道は仕事で何度通ったか。最後の営業で来週また同じ道を通ります。しかし、車の時とはまったく違った感じ。これもまた新鮮でした。

バイクを購入して、もう少しで4か月が経ちます。最初は本当に恐くて。一日に10キロ走ったらもうへとへとでした。今は、出張などで仙台にいない時を除いて、夜はだいたい20キロぐらい練習コースを決めて、走っています。だんだん乗りなれてくると、バイクの特性や運転操作上のコツも少しずつわかってきます。

最初に恐い思いをしたのは、信号停止の時にギアをニュートラルに入れられないことです。もうあせってしまって、ギアが入らない・・・。そしてエンストしたり。今は、ほとんどこんなことはありません。停止の前にギアを落とすか、停止してからでも数回ガチャガチャやりますが、ニュートラルには入ります。

次は、ギアチェンジ。空吹かしをしたり停止からスムーズに加速できなくて、それこそギアをガチャガチャ。減速の時、ガクンガクンと衝撃。これは、何度かやるうちに感覚を覚えていくしたないのですね。クラッチの引き具合も、半クラッチ状態でも高速ギアならチェンジが可能。たまに、ギアにすごく上手く入って、まったく感じなくなって、チェンジしたのかどうか不安になり再度クラッチを握ることも。慣れてくると、この感覚が自然に身に付くのですね。

発進も停止もふらつかなくなり、低速走行もうまくなりました。道幅があればすり抜けもできるように。そんな感じて、ベテランの方からみればまだまだ下手な運転ですが、自分としてはかなり上手くなったと思います。ただ、そんな今が一番注意しないといけないのでしょうね。それこそ4か月前は、恐いから絶対に無理や無謀なことはしませんでした。すり抜けもできないので、ただひたすら車の後ろについていたし。速度もそれほど出せないし。だから逆に慎重になって、安全だったのでかも。今は、いろいろとやれるようになってきたので、無意識のうちに無謀な行為も。

今回、高速に上って気がつきました。やはりスピード出してる~。車の時と同じくらいの100キロ~120キロぐらい出しています。100キロを越えると調子がよくなるのです。しかし、よくよく考えていみると、バイクほど危険な乗り物はないと思います。車だと、シートベルトがあったりエアバックがあったり、いろいろな安全装備がたくさん。でもバイクは基本的にヘルメットだけ。そして身体はむき出しで、ハンドルにしがみついているだけ。二輪なので安定もしない。ここで転倒したら、私の身体は数十メートル跳ね飛ばされ、身体全体を打ちつけてしまうでしょう。ヘルメットもたぶんあまり役にはたたず、あとは死ぬか植物状態になるか・・・。何て考えていました。

あるバイク乗りの方のエッセイに、「バイクで高速を走ることは、常に死と隣り合った状態。ある意味、そのスリルがバイク乗りの快感なのかもしれない」とありました。まさにその通りですね。高速に限らず、車を運転する時は「気をつけて・・・」と言われますが、半分は挨拶みたいなもの。でもバイクは原付でも、みんな「気をつけて・・・」の言葉に、挨拶以上の感情がこもっています。それだけ危険なのがバイク。そういうことも意識していかないと。危険と隣り合っていることは世の中にはたくさんあります。だからといってそれから避けていたのでは、何もできません。そのあたりとどう向き合っていくか、そんなことを考えた4か月目でした。現在まで、累計で4,500キロ走りました。

Dscf0001 東北道前沢サービスエリア下り線です。仕事で車を運転する時は、よくここで休憩という仮眠タイムをとっていたところ。バイクだとそういうことができないのもつらいところ。

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2007年5月14日 (月)

オイル交換と洗車

もう、あと少ししか居られない仙台。そして、自由にバイクで遊べる時間。そのため、休日はバイクと一緒に・・・。そろそろ引越しの準備もしないといけないのですが。

今日は、オイル交換をすることに。新車1か月点検の時に一度やりましたが、今回はあれから3,000キロ走り、3,950キロになったので、そろそろ。その前に3か月使ったバイクを洗車することにしました。というのも、洗車のあとにはチェーンの注油が必要なようですが、私には少し難しいので、まず洗車をしてからオイル交換の時に工場で注油が可能だからです。

今まで、少しずつ汚れた部分をふき取っていましたが、結構汚れてきました。バイクは車と違い、水を嫌う部分もあることと、水圧が高いと痛むようなので、本来はやさしく庭先などでやるのがベストのようです。しかし、今の私にはそういう環境はありません。コイン洗車機はあまりおすすめできないけれど・・・ということでしたが、気をつけてやれば大丈夫とのことで、利用することに。ここらあたりには洗車場はたくさんあります。

まず、洗車グッズを購入して出かけます。いつものライダーギアは、プロテクト機能があるので動きにくいのです。そこで、まったくフロテクト機能のない普段着で洗車場まで。もの凄く軽くで楽な感じ。でもここで転倒してら間違いなくケガ。なのでゆっくり慎重にに運転です。バイク雑誌に、洗車機使用時の注意ということで「マフラーと鍵穴はガムテープなどで水が入らないように口を押さえる」ということことで、ガムテープも持参。「キャプレター付近や配線の多いところは、あまり水を掛けない。水圧が高くなるので、少し離れて放水する」ということでした。基本的には、水を掛け、一時停止させ、スポンジで中性洗剤などを使い汚れを落とし、すすいであとはワックスを掛ける・・・というのが手順。

しかし、ここの洗車機は、一時停止は一瞬、それも一回だけで、水を止めていても料金タイムは経過していくのです。なので、シャンプーも出るコースでとりあえず一気にやることに。できるだけバイクから離して放水するつもりでしたが、奥の汚れが取れないのでわりとガンガンやってしまいましたね。また、汚れと油分が混じると、洗車機程度では取れません。やはりしっかりスポンジを使わないとダメなようです。洗車機りコースが終わり、後退させふき取りと細かな部分の清掃。エンジンのヒダは歯ブラシぐらいでは汚れは落ちません。でも結構隅々までのふき取りで綺麗になりました。

次は、「小ギス取り」。ワックスの前にこれを使うとキズが目立たなくなるようです。オイルタンクの小さいキズが目立ちます。これは、汚れのついたまま拭き取りをするとキズになるとのこと。かなりやってしまっていたので、キズも目立ちます。そして、小石の跳ね上げなどのキズも。この処理、完全にキズを消すことはできませんが、驚くほどきれいになりました。マイバイクくんのエキパイは、カーボンで処理されています。泥はねの後がはっきりわかるのです。よくふき取り、耐熱ワックスで仕上げ。バイクの顔といわれるオイルタンクもワックス仕上げ。やってみると面白いです。時間がなかったのでほとほどにしましたが、ここの洗車場は、水道と桶があるので、うまくやればシャンプ洗いからできるかも。チェーン注油が自分でできれば頻繁に来てもいいのですが・・・。

そして、オイル交換のために工場へ。営業の方が「洗車はやっていません・・・」といっていたのに、工場の方に聞いたら、「簡単な洗車ならやりますよ」とのこと。ならば次回はお願いしようかな?でも自分でやるのも楽しいのです。オイル交換・チェーン注油・タイヤの空気圧チェックが終了。普段着で来たので、このまま出かけられませんので一度家に戻り、プロテクターのついたギアに着替えて、今日も少しお出かけです。

天気は晴れたり曇ったり。風が強く、気温も低いです。まだまだ夏用のギアは着られません。オイル交換をして少し調子が良くなったマイバイクくんと残り少ない仙台の旅です。

Photo_9 仙台市泉区と大和(タイワ)町の境界付近にある、宮床ダムです。私の社宅から、わりと近くです。私はダムをみるのが好きなのです。山と水のコントラストが美しい。このダムは、過去の台風で水害となり、その被害を防ぐために作られたとのこと。メジャーなところではありませんが、小公園となっています。

Photo_10 日本三大名滝の「秋保大滝」です。秋保温泉の先の名取川です。仙台は、伊達政宗が青葉城を築城する際、天然の要塞ということで、断崖の上に城を作りました。そのため、仙台市の中心部からすぐ先は、山なのです。そして渓谷がたくさん。100万都市で、中心部からわずかの距離にこんな自然がある都市は珍しいのではないでしょうか。

Photo_11 滝の入口にある、「秋保大滝不動尊」。正式には「西行寺」というそうです。私は、神社・仏閣に行くとお守りを買うのが趣味なのです。もちろん「交通安全」。しっかりとお祈りしてきました。

Photo_12 秋保大滝から、7キロ先で車両通行止めになります。名取川沿いの渓谷を通るのどかな道で、二口温泉が終点です。ここからは、林道となり、このラインから少し舗装されているのである程度までは車も通行できます。ただし、看板には「林道のため、安易な判断で通行しないでください」との表示がありました。この先は二口峠といって、山形市の山寺への道です。このルートが整備されると仙台-山形間の新たなルートになるのですが、自然を残すということでしょうか、そのままになっています。この右側がキャンプ場となっています。また、熊が出るとのことで注意とありました。私もやはり熊は恐いので、ここで引き返すことに。

Photo_13 通行止の看板の下の川にある大きな「一本橋」です。もちろん、バイクでは通れません。でも、ここをもし仮に私か通ったとしたら・・・。渡りきる自信は・・・・、ありません。歩いて渡りました。

Photo_14 車で普通に来られる地点の最後の渓谷です。秋の紅葉はきれいでしょうね。来ていた方と話をしたら、今年は水が少ないとのこと。やはり雪が少なかったからでしょうか。ここも仙台市太白区です。そして、この山を越えると山形市になります。

今回は、高速を使わず約120キロ。合計で4,100キロです。仙台市内にもこんなに自然の美しいところがあるのですね。私は基本的にアウトドア派ではないのですが、自然の中をバイクで走る楽しさに魅了されてしまった感じです。東京ではどうなのでしょう。

来週はどこに行こうかな?しかし、来週は引越しの業者が見積に来るので、そろそろ準備をしないと。マイバイクくんも何とかお引越しできるので、よかったです。

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2007年5月13日 (日)

新居の間取りは・・・。

新居が決まり、私と妻と別々に引越しの準備が始まりました。とはいっても私はまだ何もしていません。その前に、別々の世帯から1世帯になるので、搬入するものの選別作業があります。単身赴任をする時、古いものは処分しました。電気製品は私がほとんど持ってきました。妻は実家なのでできるだけ私が引き取りました。その分家具は妻が。本などは半々。私もこちらでなるべく家具類は買わないようにしました。

今度のマンションは、2LDK。しかし、リビングとダイニングが17畳くらいあります。キッチンは対面式(これも妻が気に入ったところ)なので、テーブルを置いてもリビングは割りと広いのです。ただ、空間としては広いのですが、壁面に家具が置きにくいという難点もあります。広い空間は開放的な感じですが、狭いスペースで区切られた部屋がたくさんある方が、使い勝手がいい場合もあります。リビングが広く取れるので、下の坊主の居場所もありますが、坊主だけの空間はありません。娘は独立した部屋があるのであとは本人に任せます。

坊主は、まだ小さいので、寝る時は私達の寝室でいいのですが、小学校に入る時には独立した部屋がないといけないのでしょうね。ということはあと4年後です。その時には娘は高校生になっています。その頃にはここは出ないといけないのですね。私も妻もあまり後先のことを考えずにその瞬間で決めていまうことが多いので、やはり少し汚くても3LDKにしておけばよかったかな?いや、4年後にはきちんと家を買って・・・ということ作戦だったのでしょうか?

とりあえず、4年間は特に異動がなければここに住むしかないよ~と言う結論にしました。

さて、バイク置き場と駐車場。あれから駐車場は不動産屋に依頼し、バイク置き場は私が自分でいろいろと探してみました。バイク置き場は、駐車場は2区画借りられれば特に問題なく置けます。コンテナ式のボックスは結構賃料がかかり、駐車場の1区画分になります。車もバイクも歩いて行けるところに置くことは可能。でも、仙台でコンテナといういい物件にバイクを置いていたので、自分の見えないところにバイクを置き去りということは考えたくありません。盗難や汚れの問題。カバーをかぶせてもやはり。

バイクボックスは、3キロ離れたところでも、コインパーキングが併設とのことで、車で移動いればいいかなと思うようになりました。そうしているうちに、最寄り駅から2駅先でそこから徒歩7分のところのボックスがキャンセルになったとの連絡が。直線距離だと2キロぐらいです。3キロ離れたところは駅からも凄く遠いのですが、ここは電車を使えます。電車や車を使ってバイク置き場に行くのは変な気もしていましたが、現実にはこういう方も多いようです。やはり、バイクはボックスに入れたいので、ラッキーです。駐車場は徒歩5分のところ。ここもまあまあ。何とかマイバイクくんもマイカーくんも一緒にお引越しができそうです。

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2007年5月 9日 (水)

何といっても、「新築」。

転勤に伴い、住居の選定作業です。私の場合は社宅扱いになります。社宅といっても借上げ社宅なので、規定の家賃の範囲で自分で見つけることができるのです。私の歳では、すでに持ち家の人も多いのですが、私は上手い具合に転勤がありずっと社宅扱いになっていましたので、住宅資金は後々にしてこのシステムを打ち切られるまで利用しようと私は思っています。

とはいってもいろいろと制約はあるのです。原則として1日で決めないといけませんそして人事部が動いている平日。昨日、上の娘を早退させ物件を見に行きました。あらかじめネットで物件の候補を探していましたが、みんな契約済み。まあそんなものですね。私達の希望の第一というか娘の希望は、2年前に通っていた学校の学区ならもとの学校に戻れるので転校してもいい。できれば、今通っている学校に通いたい・・・とのことです。ただ、今のところには集合住宅はなく、貸家もありません。そして、今行っているスイミングクラブにも通いたいという希望もつきます。

私の希望は、急行の止まる駅から徒歩圏内。車とバイクが置けるところです。妻の希望はキッチンが広いこと、そして使いやすいことです。そして、やはりきれいなところがいい・・・というみんなそれぞれの希望があります。まずこれらを全部満足させるところ・・・なんてありませんよ。と不動産屋さんに言われました。エリアとしては、娘の学校があるので限定をすることは優先。

駐車場が敷地内にあるところ・・・。みんな駅から遠いのです。分譲マンションの多いところなので賃貸では・・・。そしてあっても、全世帯分はなく空き待ち状態。ましてやバイク置き場なんてありません。今、仙台では専用のコンテナにバイクを置いています。これは盗難や汚れ防止にはいい環境です。青空駐車となるといろいろと心配。車はまだ何とかなりますが。

駅から遠いところですが、駐車場も敷地内にあるところがありました。3LDKですが、多少古い感じです。中はリフォームされていますが、普通のコーポタイプの1階。キッチンも今ひとつ。やっぱり駅まで遠いです。希望条件としてはまあまあのところなので、ここに決めようかと思っていたのですが、もう少し見てみたいと私。

次に紹介されたのは、新築物件。急行停車駅から徒歩4分。絶好の立地。ただ、ここは2LDK。駐車場はなしです。なので、紹介を控えていたとのことですが、とりあえず行ってみました。

現地について、外観からみんなでうっとり。オートロックで高級マンションみたい。部屋の中に入ってまたうっとり。キッチンもシステムキッチン。そして6階。モニター付きのインターホン付き。バスルームも広くホテルみたい。とにかく新築なのできれいきれい。娘の部屋は少し狭いけど十分。リビングが広いので、下の坊主だけなら。私達の寝室も8畳分あるし。収納が少し狭いのが難点。でも暮らせないことはありません。下の坊主が生まれる前はこれくらいの広さだったし。

このマンションはもうここ1室しかなく、他の不動産屋も扱っているので、今決めないと他の方に決まってしまいますよ~とのこと。そんなことを言われると。本当は、駐車場があるところとじっくり考えたいところですが、明日まで待てないとのこと。そして、この立地の新築物件なんて、しばらくないだろうというので、ここに決めてしまいました。

娘は、この駅から直通で前の学校までのバスがあります。市が違うので学区外通学は難しいかもしれませんが、6年生でもうすぐ卒業なので、大丈夫でしょう。もしダメなら娘だけ住所を異動させなければいいのです。スイミングスクールも電車で通えます。何といっても自分の部屋になるところが気に入ったみたいです。

妻は、キッチンが最新式のシステムキッチンなこと。風呂の追い炊きシステムが最新式なこと、そしてセキュリティーと近所にスーパーがあることが気に入りました。そして、みんな新築なこと・・・。それが決め手。

車は、敷地内でなくても、どこか駐車場があるでしょう。これは多かれ少なかれ敷地内に駐車場のない人は多いのです。でもバイク・・・。これはどうにもなりません。これを機会にバイクに乗るのやめたら・・・とみんなで。確かに、仙台に居た時のように頻繁には乗れません。でもこれは手放したくないのです。今、少し遠くてもコンテナボックスがないか探しています。これは祈るような気持ちです。どうしようもなくなったら・・・仕方ないですね。

しかし、首都圏で住むことって大変なんですね。仙台では、こんなことはなくまず希望物件は簡単に見つかります。何かを諦めないと・・・。でもバイクは諦めたくないよ~。

さて、決めたところの家賃は、規定額をオーバー。オーバー分は7割が自己負担です。仙台でもオーバーしていましたが、もとの金額が安いので良かったのですが、今回は高いのです。単身赴任手当もないので、大変なんです。しっかり働かないと。

まあ、家探しはいろいろと後悔もあるかもしれませんが、何とかなるでしょう。そんなこんなの家探しでした。

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2007年5月 7日 (月)

それぞれの両親からの言葉。

この連休は、家族と過ごす予定でしたが、いずれ一緒に住むことになるので、体調のよくない両親の住む盛岡の実家に私だけで帰ることにしました。

仙台に赴任中は、出張のたびに実家に泊まり、宿泊費を浮かせていたり、両親の様子を見たりといった日々がありましたが、今回の転勤でそういうことはできなくなります。

転勤の話をした時に、「家族のためを思えば、それが一番いいことなんだろうね・・・」と母が。この2年間、脳梗塞を患った母のリバビリもうまく行き、それなりに自立生活ができるようになり、父も何とか生活できていました。私がたまに帰っても何をするのでもなく、ただ居るだけでしたが、様々な家の用事を手伝ったり。私にしても両親にしても、以前の親子だけの感覚なので、気楽なところもあったり、また両親は年老いてしまったので、私を高校生の時の感覚でいるように感じることもあるのか、ちょっとうっとうしいときも。

バイクの免許を取っているいることがバレた時なんて大変。でも、その母が「仙台に居たら、バイクでいろいろと遊べるのにね」何て言い出しました。私も二人の子持ちなのに。私もマザコンと言われればそれまでですが、距離が近いので頻繁に逢うことができましたが、もう元気なうちに逢う機会はあまりないのでは・・・と思ってしまいました。

私の両親の場合と同様に、妻の両親も今回の私の転勤で複雑な思いのようです。私が仙台に赴任が決まった時は、下の坊主が生まれたばかり。高齢出産で体調の悪い妻を仙台に連れて行くことはできませんでした。私が出張メインの仕事のためです。幸い、妻の実家に空き部屋があり、妻の両親も快く引き受けてくれました。妻の兄弟もみな家を出ていて、久々に娘が帰ってきて、孫が二人。特に義父は男の子の孫がかわいいらしく本当によく面倒をみてくれました。急病の時も病院に連れて行ってくれたり。風呂の入れ方も私よりもずっと上手で、坊主もなついています。

短い期間だけということで、義母はあまり愛情が移らないようにと懸念してしましたが、私の二人の子供もあの家の一員になっていました。同居の時、とくに家を改造することはなく、妻と義兄の使っていた部屋を借りて暮らしていましたが、坊主が少し大きくなったので、家を少し手直ししようか・・・なんて言っていたところだったようです。いずれ、転勤か仙台が長引くようなら一家で仙台へということを考えていましたが、意外と早く訪れた今回の転勤。私の会社では、異動の時に、社宅の申請をしないと今後社宅に住むことはできません。まだ、貯金も少ないので可能な限り社宅に住みたいと思っています。

妻の両親からも「やっと、家族で暮らせるんだね・・・・」と言われました。そして、義父からは坊主のことについて「あの子は・・・・」といっていろいろな癖なども聞かされました。その言葉のひとつひとつの淋しさが感じられます。スポーツ一家なので、坊主にそろそろ野球を教えたい・・・なんてことも。

私・妻、そしてそれぞれの両親にとって様々なことがあった2年間でした。2年前に仙台への転勤を断っておけば・・・、そして互いの両親に頼らなければ別の感覚があったのかもしれません。あと1か月で私達は別の道を歩みます。それぞれの両親には今までの2年間のこと、深く感謝しています。そして、いつまでも私達はあなたたちの子供であることは変わりないのですから・・・。

これから迎える母の日・父の日。何となくつらい日になりそうです。

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2007年5月 1日 (火)

辞令の出た日。

5月1日に、正式に東京の部署への辞令がでました。仙台の部署内には先週の金曜日に発表されていたので、特に混乱もなく・・・といった感じです。

うちの会社は、人事異動の内容はイントラネットで確認することになります。以前は、各部署に人事部から回覧用の書類が回ってきたのですが、1人1台パソコンが支給されているので、ペーパーレスの意味もあり、この方式に変わりました。札幌から福岡までの全国の部署の異動者が記載されます。大きなものは4月なので、ページも数ページ。今回は時期がずれたので、2ページでした。私の新しい部署へは私を含め3名が入ってきます。

私は新卒入社なので、他の会社のことは知りませんのでこれが普通と思っていましたが、他のところはどうなんでしょうか?きちんとした辞令書は、入社式の時に配付されたものだけです。その代わり、翌日人事部から異動者の手続き書類が本人あて送られてきます。私は明日ですね。

新しい部署は同期の人や過去に一緒の部署にいたり、仕事で関わったりした人ばかり。同期の人から「定時に帰れる日が多いよ~」とのこと。ほっとしたような、淋しいような。普通は、東京などの都会ではいろいろと忙しく大変。それが地方に転勤になり、わりとのんびりと仕事ができ、その土地で今まで気が付かなかった自分の余暇も見つけられる・・・なんていいますが、私のところは逆。人員の削減で仙台の方が休みもろくに取れず・・・といった状態。変でしたね。

新部署は、まだ3名を受け入れる机などが用意されていないとのことで、ゆっくり来てください・・・とのこと。そういうところなんです。仙台の方は、もうプロジェクトが進んでいるので引継ぎの関係で、私の替りの人には一日でも早く来て欲しいことろ。なのでちょうどいいかも。

異動の日には、異動する人が新部署の責任者に電話であいさつすることになっています(どこでもそうでしょうが・・・)。私もしました。その結果の話です。

さて、いよいよ正式に動けます。家探しは、人事部が開いている時でないといけないので、平日のみ。連休中は新百合で過ごす機会もなくなるので、そちらでのんびりします。

そして、いよいよ引継ぎ。私は整理が苦手なので、担当エリアの資料など、きちんとまとめていません。そして書類には残せないこともいろいろ。私の後の人はどの部署でも苦労するのです。だから今度こそはしっかり書類は整理して・・・と思ってはいますが。

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