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2008年1月31日 (木)

迷惑メールとメモリ増設

最近というか、一年ぐらい前から増えた、迷惑メール。出会い系サイトの案内や英語で時計や薬の購入をせまるものなど。以前「人間関係破壊ウイルス」というもので、パソコンのなかに保存されているアドレスを盗み、ウイルスメールを送るものが流行しましたが、今はアンチウイルスソフトの普及で下火になりました。しかし、迷惑メールはウイルスではないので増えるばかり。こちらは「スパムメール」というものらしいです。

私はアドレスを2つ持っていて、ひとつは広く公開してしまったので、完全にスパムメールの餌食になっています。なので、もうひとつは、親しい方にしか公開していません。スパムメールの餌食になったアドレスを削除してしまえばいいのですが、いろいろなものにまだ使っているのと、様々な会員になる時のアドレスとして、予備に使っています。

スパムメールなので、ひどい時は一日に100通ぐらい。仙台に居た時は出張で家を開ける時が多く、帰宅すると500通ぐらいが迷惑メールです。その中から、必要なものを探がし、整理するだけで一苦労です。最近、ケーブルテレビのブロバイダーの方で、自動的にスパムメールは隔離してダウンロードしなくなりましたので、本当に楽。今まで、必要なメールも削除してしまったかもしれませんね。

もっと深刻なのは会社のアドレス。こちらは、仕事上、取引先とメールの交換をしていたせいか、やはりすごい迷惑メール。会社の方は、アンチウイルスソフトで「迷惑ホルダー」に自動的に仕分けしてくれます。ただ、ダウンロードはされます。なので、月曜日などは朝にパソコンの電源を入れメールソフトを立ち上げるともの凄い数のメール。このダウンロードの時間だけで、仕事なになりません。取引先のコンピューター会社の方に聞いたところ、このスパムメールはロボットが自動的に文字を組み合わせて送信するので、防ぎようがない・・・とのことでした。しかし、こんなメールが凄い数やり取りされていて、資源のムダも甚だしく、ひどいものになると営業妨害にもなるのですね。

メールは金銭的な負担が少ないもの。うまく使えば便利ですが、一歩間違うと「凶器」ですね。困ったものです。

そして、メモリ増設。私が今使っているパソコンは2002年のもの。もうかなり古いものです。でもインターネットやメールぐらいしか使わないので、まだ動くうちは・・・と思っていました。娘のものはもう少しいいもので、私のものよりスペックは上。それでも使用頻度は限られているので、満足しています。

最近、私のパソコン動きが悪くなってきました。電源を入れ、落ち着いて使えるようになるまで10分以上もかかります。これは、ウイルスバスターの起動とアップデートが始まるからです。しかし、アンチウイルスソフトを外すわけにも行きません。このパソコン、メモリがもともとは256MBでした。買った時に少し増設と思い128MB増設。その時に256か516にしておけば良かったのですが、XPだとそれほどあげる必要はなく、また高かったので我慢しました。しかし、今はVistaも出回り、ホームページの画像もかなりのメモリが必要になってきています。もう限界に近いのです。

先日、電器店でメモリの増設のことを聞いたところ、古い型なので、256で9,500円もしました。店員さんの話だと、仮にあげたとしても飛躍的に効果が出るわけでは・・・とのこと。私もその時は1万円近くも出して買うのは・・・と思っていました。ただ、新品のパソコンは安くても10万以上はします。バイクを買ってしまったので、そちらに回りません。それにまだ動くし・・・。そこでメモリを増設することに。

今日、量販店に行って256MBを買いました。本当は516が欲しかったのですが、こちらは3万円以上するのです。古い機種に対応するものは希少価値となった高いようです。今の機種に対応のものは1GBで4,000円なんて驚くほどの値段。ただ、バソコンを買い換えるより、10分の1以下で住むので、メモリ増設を選択しました。

いわれるとおり、512MBになっても飛躍的に状況が改善されるわけではないのですが、今までよりは快適です。しばらくはこのままでと思っていますが、実はもう一つ心配なこと。ハードディスクも頻繁にアクセスしているので、5年以上使っているもの突然壊れることがあるとのことです。そえなると今までのデータが消えます。これはいつ起こるかわからないので、少しずつ、バックアップをとっていくしかないようです。

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毒入りのギョーザ

「毒入り」なんて少し物騒ですが、冷凍食品から農薬が検出され、多数の方が体調不良を訴えた事件がありましたね。

うちでは、何となく冷凍食品は使わないので、あまりピンとこないのが現実。ギョーザは良く食べますが、冷凍食品のものはほとんど買いません。私も一人暮らしの時は、コンビニの弁当類が多かったので、その時も。冷凍食品って、結構面倒で高い気がしたのです。

中国産ということで、以前から安全性が話題になっていました。とうとうここまで来てしまいましたね。チェックといっても、加工食品となると、現実的になかなか検査も難しいと思います。商品を開けてみて、変なにおいなどがあったら気がつく程度。

今回はかなりの毒性のある農薬が入っていたらしいので、とても心配ですね。私の家では冷凍食品は食べませんが、私が昼に食べるものには、安いところだと冷凍食品を使っているのでしょうね。なので、そちらの方が危ないみたいです。

うちでは、4月から娘が中学になり、お弁当になります。学校でも弁当を販売するようですが、やはり家から持っていかせたいと思っています。おかずは、冷凍食品も使うのかな~何て話していた矢先のことでしたので。毎日となると、冷凍食品の方が便利みたいです。

話は変わりますが、来週娘の中学の入学説明会があります。私は仕事なので行けませんが、案内を見ると、公立なのに結構勉強大変なようです。ついていけるのでしょうか?部活もみんな入るようですが、水泳部はないようで、何をやるのでしょう。ここには、今年引越してきて、小学校はここに通ってないのでPTAの感じもわかりません。うちは駅前の賃貸マンション地区ですが、少し先は一戸建てや高級マンション地区。今から親の方がいろいろと心配しています。

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2008年1月29日 (火)

リコール

今日、ヤマハからXJR1300のリコール情報がリリースされました。

マイバイクくんも、車体番号をみると対象になっています。

よく内容はわからないのですが、「スロットルボディに取付けられたスロットルポジションセンサーにおいて、ケースとカバーとの接着部の強度が不足しているため、当該センサーを取付ける際の締付け力等により、当該接着部に亀裂が生じることがある。そのため、雨天走行等により当該センサー内部に水が浸入し、誤った信号を発信して適正な空燃比制御ができず、最悪の場合、排気ガス値が基準値を超える、又は原動機が停止して再始動できなくなるおそれがある。」とのことです。

ということは、つい最近でたエラー表示もこのせい?

症状が出だしたのはETCを取り付けた後。ETCの取り付けには、電源の配線のため、いろいろと中をいじったようです。そして、雨の中・・・はそれほど走っていませんが、洗車をして水をかけたし・・・。バイクショップで「洗車で水をかけたせいですか?」と聞いた時、「雨天の時に走る時もあるので、水没するような極端なことがなければ、洗車ぐらいでは問題ないはず」といわれたのを思い出します。

バイクショップに電話をしたら、今日の発表だったので、まだ連絡はないとのこと。そして工場長から電話が来て、「リコール内容を確認しましたので、それも追加してヤマハへ出します」とのこと。あのエラーはそれが原因?と訪ねたら、そうかもしれませんという返事でした。昨日、ショップの方からヤマハへ連絡したところ、いつもはクレーム対応となる内容はいろいろと面倒なのだそうですが、「すぐ見ます・・・」という意外な迅速さだったようです。

バイクは磐田の工場に集められるそうなので、1週間では戻ってきません・・・といわれました。エラーの原因がこのせいなら、ある意味良かった話。ただ、しばらくかかるのですね。私のように、休みにふら~っと出かける人はいいのですが、ツーリングの予定をしていた人はとても残念でしょう。

リコールのページをみていたら、結構他にもあるのですね。発売前にいろいろと検査はするのでしょうが、実際走行してみてわかる不具合も。クルマの方は、それほど聞かないですね。私の車は一度もリコールなんてなかったです。

XJR1300は、ヤマハがインジェクションは難しいといわれた空冷エンジンを今回頑張ったものらしいです。買う前にショップの店長から、まだ評価が出ませんよ~、といわれました。ETCをとりつけたところでも、「よくこれだけやりましたね~」と言われ、そろそろ何かでるのか・・・と思っていましたがやはり。

今回は私のバイクが対象になって、少し驚いていますが、こういうことは他にもよくあることですよね。バソコンでのウインドウズなので、頻繁にアップデートで修正事項があるし、他の印刷物でも「訂正」がかなり。

とりあえず、気長に待ちます。マイバイクくんも久々に磐田に里帰りですね。

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2008年1月27日 (日)

公道デビュー1年経過

昨年の1月27日に、初代マイバイクくんが納車されましたので、今日でまる1年。保険も今日から切り替わりました。

バイクで公道デビューしてから1年。少しの立ちゴケなとはあったものの、今のところ事故なしできています。

月日の経つのは早いですね。昨年は、仙台に居て真冬の納車。今年と違い昨年の冬は暖かかったので、納車してからしばらく運転することができました。今年の寒さだったらとても無理。そして、東京に転勤になり、大型二輪の免許を取って、バイクも買い替え。今のバイクは、もう少しで走行距離が1万キロになります。なので前のものと合わせると17,000キロぐらい走ったことになります。一度に長い距離を走ることはないのですが、数多く短い距離を走ると結構な積算距離になります。

バイク乗りになって、楽しかったこともたくさん。でも、バイクというものに全く関わらなかったら、経済的にはどれほど楽だったことだろう・・・とも考えたりします。今年の春から娘は中学生・来年坊主は幼稚園です。

ただ、ずっと思い抱いていた夢・・・。そのまま持ち続けて封印しても良かったのですが、一度そのフタが外れるともうどうしようもなくなってしまった感じです。家族には申し訳ないと思いながらも、その分仕事も頑張らないと・・・と思うカンフル剤みたいなものとして勘弁してください。

今日は、午前中はいろいろとあり、午後からお出かけ。晴れていても風は冷たいです。陽射しがあると少し暖かいのですが、箱根方面は当分お預け。東北地方ほどではないのでじょうが、冬の山はとても危険なので、それが身にしみている私にはやはり・・・・。ということで、今回は横須賀から三浦半島一周コース。以前、スクラフィーさんに連れて行ってくただいたコース。浦賀から三崎までの海岸線が絶景なのでまた見てみたいと思っていました。

横須賀で少しアクシデント。「米軍基地」の看板があったので、思わずみて見たくて交差点を曲がったのですが、すぐに入口で警備員に捕まってしまいました。といっても上瀬谷の看板のように「致命的な攻撃」ではなく、警備員にストップをかけられただけです。でもその手前ら交番があって警察官が立っていて、私が基地に入っていくのをみてもそのまま通すんです。そこでストップをかけてくれたらよかったのに。基地の警備員には、いろいろと事情を聞かれ、バイクとともに脇に連行されました。一応免許証をみせて、「道を間違えました・・・」といったら返してくれましたが。さっきの警察官のことを言ったら、交差点から少し入ったところはもうすでに米軍の管理区域。なので日本の警察官は何もできないのだそうです。私にストップをかけたのは、日本人の警備員でしたが、すぐ脇にはアメリカ人も居て・・・少し恐かったです。

三崎を回り、鎌倉方面の道路はいつももの凄い渋滞なのですが、それほどでもなく、横浜横須賀道路の六ッ川料金所のあたりも渋滞せず帰りは楽でした。そして・・・。横横道路で、私も追越し車線にいつまでもいたのも悪かったのですが、後のクルマが近づいているのに気がつくのが遅れ、真ん中の車線に移ろうとした時に、後のクルマが私を追い抜いて行きました。私はまだ追越し車線にいるのに・・・・。こちらは本当に恐かった・・・。公道では常に前後左右に注意していないといけないことも再確認。

第三京浜の都筑パーキングで最後の休憩をしている時に、隣にバイクを止めた方から声を掛けられました。「昼にも第三京浜に居ましたよね・・・、同じバイクだったので・・・」と。その方は私が今乗っている年式の前のものの方。私も少し気になっていましたが。お互いにまた同じところ(昼は、保土ヶ谷パーキング)で逢うなんて、凄い偶然。そして話を聞いて見ると、昨年に大型二輪の免許を取られたことも同じ。今日のコースも三浦半島一周コースでまったく同じ。少しだけコースは時間がずれていただけみたいでした。互いにヤマハのデザインがいい~とか、FI化された私のものは、センサー異常があるとか話が盛り上がりました。最後は「家族になんと言われても、好きだから仕方ないね~」ということに。ちょうど私と同じくらいの年代の方。やはり行き着くところはそこですね、やっぱり。

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横須賀市の三笠公園の戦艦三笠。横須賀は、昔から軍都だったのですね。今は海上自衛隊と米軍基地があり、防衛大学校もあります。そして、三浦市の海岸のコンビニで休憩。陽射しは強いのですが、風が冷たく本当に寒い日でした。

さて、マイバイクくんは、今日の帰りにバイクショップへ預けて来ました。先日から出る警告灯の検査・修理のために、来週からヤマハの工場に「入院」です。今日は警告灯がつかなかったのですが、昨日はついたのでそのままショップにもって行き、工場長に確認してもらいました。そこで、ヤマハへ出すことが決まりました。しばらくは戻ってきません。

公道に出て、ちょうど1年の日。しばらくはバイクはお預け・・・ということになりますが、これからも安全運転で・・・・と思っています。

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2008年1月24日 (木)

田園都市線の遅延3

この話題は、もういつも同じ内容になるし、地域的なローカルな話なのでやめようと思っていましたが、1月24日は遅延から人身事故による運転見合わせ・線路亀裂による運転見合わせという1日で3つのトラブルが発生したので、記録の意味も兼ねて取り上げたいと思います。

23日は、例によって「お客様混雑」で朝の上りは20分以上遅れました。少し早めに家を出た私ですが、渋谷に着いたのが8時30分をとっくに過ぎ、池袋の会社に9時出社の私はもう遅刻。池袋にちょうど9時に到着したので会社に連絡。もうみんな「いつものこと・・・」とわかっていて、「もう少し家を早く出られないの・・・」といわれる始末。そんなわけで、24日は・・・。この日は少し出掛けにいろいろとあり、いつもの時間なので池袋までそれほど余裕はありません。でも十分に間に合う時間です。

しかし・・・・、まず私の乗る駅で客同士がけんかをしているようで、その時点で2分遅れます。ただ、ホームで言い争いをしているのに、なぜ発車しないのかみんな不思議顔。ホームにはたくさんのアルバイトもいるのに・・・。このあたりから東急の対応がわかりません。アナウンスはいつもの「お客様トラブルが発生したため」という言い逃れの理由。ここからまた遅れが続きます。私の乗る駅で発車待ちをしたため、前の電車との間隔は少し開いたので、いつもダンゴ状態になる通過区間は、昼間のように軽快でした。しかし、溝の口につくとそこからまた渋滞。結局客同士のトラブルでできた遅れがなくともやはり遅れるのですね(発車時間がずれたことが少しは要因になるのでしょうが)。溝の口からはアナウンスが「お客様トラブルと混雑のため・・・」に変わりました。

今回少し注意深くみていると、電車の開け閉めにも遅延の原因があるのでは?と思いました。東急がよく言う「混雑」はどこでもある話。混雑で遅れることもあるけれど、朝は混雑するのが当たり前で、それを計算してダイヤが組まれているのでは?

田園都市線に限らず、朝駆け込み乗車が多いのです。「危険なのでやめてください」といわれても、みんなやります。その結果カバンとかコートなどがドアの挟まれたりします。かつては、ホームの係員さんは挟まれて閉まりかけていたドアを力任せにあけて押し込んだりする、いわゆる「押し屋」をしていましたね。ベテランの方は、実に器用にそれをやります。しかし、田園都市線ではやたらとドアを開閉します。閉まってしまったドアを「一旦ドアを開けます~」といいまた開ける。そうするとまた人が入って来てまた挟まる。そしてまたドアを開けることの繰り返し。これだけで数分のロスです。もちろん駆け込み乗車をする人も悪いのです。ただ、以前は冬で厚着をしている人が多くてもこんなにドアを開け閉めすることはなかったような感じです。車内アナウンスを聞くと、最近は女性や若い男性の車掌が多くなりました。団塊世代の交代なのが、なかなか聞き取れない独特のアナウンスをするベテランの車掌さんがいなくなりました。主要駅にはホームに、アルバイトを配置して安全を図っていますが、こちらも良く見るとただ叫んでいるだけみたい。何かあった時の伝令・・・という意味でもそれは居た方がいいのですが、以前のような「押し屋」はいません。最近、ドアに関する事故もあり、機械的に安全装置が働き、ものが挟まった時は一旦ドアを開けないとダメなのかもしれませんし、アルバイトに「押し屋」をさせて何か事故があった時の電鉄会社の責任問題もあるので、業務の制限があるのかも。ただ、ここしばらく感じる数回のドアの開閉による遅れ・・・気になるところです。

そして、今日はそれだけでは終わらず、夕方に高津駅での人身事故。これは止むを得ないですね。ここまで東急を責めたらかわいそう。私も退社時間の遅れていることは知っていたので、池袋と渋谷で少し街をふらつき、食事もして帰ることにしました。たまにはいいでしょ~。そして20時30分頃・・・、もういいかな~と思ったら今度は用賀駅でのトラブル。私の携帯には田園都市線の運行状態がメールされるのて、本屋に寄って時間潰し。21時前に駅に行くと「田園都市線運転見合わせ、運転再開の見込みは立っていない」とのこと。半蔵門線の押上方面だけは運転しているとのことですが、田園都市線の下りは全線ストップ。改札前は人ごみ。社員の方が説明をしていますが、「振替乗車券は、今在庫がなくなったので、振替先の係員に言えばいいですから・・・」。夕方の人身事故でもう使ってしまったのですね。

全線止まると私はどうしようか・・・。池袋に居たら、新宿から小田急線に乗って向ヶ丘遊園か新百合ヶ丘からバスに乗ればいいのですが、渋谷まで来たので戻るの面倒です。それにバスもあまり遅い時間にはないのです。東横線で菊名か横浜へ行って地下鉄に乗るか・・・。横浜までは遠いです。そのうちに、二子玉川と中央林間の間は開通したとのことで、東横線で自由が丘まで行き、大井町線で二子玉川まで行けば何とかなります。東横線の改札にいくと、何と振替乗車券がたくさんあるじゃない。田園都市線へ何で回さないの?と思ったものですが、田園都市線と東横線とは同じ渋谷駅でも管轄が違うようで、そう簡単にはすかないようでした。

田園都市線利用者が流れ込んだ東横線は、もう満杯の乗客。大井町線だけではなく、南武線や横浜線経由を利用してください~というアナウンスがあってもみんな大井町線の自由が丘で乗り換えるので、自由が丘駅の乗り換え階段は人で身動きとれないし。大変な状態でした。ただ、私が東横線に乗ってしばらくして、渋谷と二子玉川の間の運転再開をしたようなので、混雑はこれでお仕舞いかな?

渋谷からいつもなら30分ぐらいでつく駅ですが、今回は1時間もかかってしまいました。降りた駅で、苦情を言っている女性。私は、振替で乗ってきたのですが、その方は運転中で車内で缶詰になった方のようです。まわりで気分が悪くなった人が多数出たのに、その対応が悪い・・・とのようでした。あとでニュースで知ったのですが、16名が病院で運ばれたとか。こちらも相当ひどい状態だったのですね。

東急グループは、以前は多角経営で全国にグループ企業を持ち、展開していましたが、今は、本業の電鉄沿線のサービスに力を入れることにして、グループ会社の整理をしています。しかし、今回の用賀駅の問題は、根幹の電車の問題なので、今後の対応が気になります(最初は信号トラブルとのことでしたが、実際は線路の亀裂というものね・・・・)。利用者もある程度のことは我慢しないといれけないこともあり、電鉄会社にだけ文句を言っても仕方のない部分も多くあります。東急自体も、田園都市を開発する時、ゆとりのある、のどかな環境をめざして、電車もそれほど混雑するとは思わなかったのだと思います。開発が始まって40年以上経つ地域ですが、街全体としては、まだブランドイメージはあります。ただ、地域の大動脈の田園都市線は、首都圏でもかなり悪評の高い路線になっています。そのあたりの抜本的な解決策を立てないと、東急やこの地区のブランドイメージも下降するだけ・・・という気もしてきました。

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2008年1月20日 (日)

留守番

このところ寒い毎日。今週末は、妻が高校の同窓会が泊りがけであるので、行きたいとのことで私が留守番に。週末になるといつも私はバイクで出かけているので、こういう時は私が代わらないといけません。

妻も、坊主が小さいのでなかなか出かけることができなかったのですが、今回は久々の温泉ということで喜んでいました。

さて、留守番といっても私だけでのんびりしていればいいのですが、子どもの世話をしないといけません。土曜日の午前中はスポーツクラブのレッスンがありましたので、それを早々に切り上げ帰宅。食事は月1度の食事当番の夕食分と翌日の昼まで私がつくらないといけません。娘は、手がかからなくなったので楽なのですが、問題は坊主。今月3歳になったばかりなので、だいたい普通のものは食べますので、特別なものは作らなくてもいいのですが、目を離すと家の中で何をやるかわからないのです。いつも一緒にいる時は気がつかなかったのですが、その辺のおもちゃで遊んでもそのままにしたり、だんだん男の子の本性がでてきたみたいです。娘の時はそんなことはなかったような。

夕食はハヤシライス。娘はスイミングスクールの日ではないので、坊主の相手を任せたので、夕食の手伝いはできません。ハヤシライスなんて簡単なのですが、結構時間がかかってしまいました。

その後、坊主を風呂に入れたり、寝かせたり大変。母親がいないのに気がつき出してだんだん不機嫌に。やはりわかるのでしょうね。日曜日はゆっくり寝ていたいのですが、坊主は起き出すし、寒いし。朝食はいつものパン。目玉焼きとかサラダとか作るのも面倒。仙台で1人で居た時は、気楽だったけど。やはり、食べた後の後片付けがいや~。食後で満腹になって少し休みたいのですが、さっさと片付けないといけないし。そして、洗濯と掃除。あっという間に昼。昼は何を食べようか・・・。外に食べに行こうか・・・と思いましたが、妻が帰ってくるので、昨日の残りのごはんでチャーハン。これは得意なんだけど、子ども達には少し不評でした。

やっと妻が帰宅し、留守番からも解放されました。同窓会は箱根だったようです・・・「行きたかったな~箱根」と思いながら・・・・。

しかし、主婦の仕事って大変ですね。休む暇がないもの。家族の食事の支度だけでもひと苦労。それに掃除や洗濯。私は毎日会社に行くのいやだな~と思って、一日家にいるのはいいな~と思ったこともありましたが、こんな生活なら・・・。坊主が生まれる前は、妻もパートに出ていたので、仕事もして家事もして子育てして・・・・。女性は強いな~と感じました。私も妻に逃げられたらとても生活できないので、頑張ろう(何に?)と心に誓いました。

夕方、バイクショップから預けていたバイクが直ったとの連絡が。「バキュームセンサー」というものが故障していたらしいです。保証期間なので、料金はなし。いそいで取りに行きました。そのまま少し走りたかったのですが、早く家に帰らないと・・・・と思い、帰宅しました。

●この週末は、土曜日にスポーツクラブでバタフライのレッスンに出ました。それ以外は、運動はしていませんが、家事仕事・・・これってかなりいい運動だったと思います。ただ、残り物捨てるのもったいないと思い食べてしまったので、結局体重は減りませんでした。

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2008年1月17日 (木)

山下毅雄さん

今日昼休みに食事に入って店で流れていた曲。「ルパン3世」のエンディング曲。といっても、大野雄二さんの曲ではなく、初代版です。作曲したのは山下毅雄さんという方です。

私は、大野雄二さんのファンでもあるので、2代目のルパン3世の曲も好きですが、この山下メロディーもとても気に入っていました。といっても1971年から放送なので、私もまだこどもで、内容はよく覚えていませんが、2代目と違って少しアクション性の強い大人向けだった感じもあります。

山下毅雄さんは2005年にお亡くなりになりましたが、代表作としては私の両親の世代に大流行した「七人の刑事」のテーマ曲。最近では「大岡越前(加藤剛主演)」。そしてかなり前ですが「プレイガール」。またクイズ番組のテーマでは「クイズタイムショック」。

現在も放送されているのは「パネルクイズアタック25」のテーマ曲もそうです。曲風は口笛の音色をうまく入れたり、スキャットを交えた軽快なジャズっぽいものなど、みんな味があるものです。

昭和の良き時代のテレビ番組を飾った山下毅雄さんのメロディー。もう、過去のものになってしまったのですね。

今日は、とても寒い日。明日も続くようです。今朝はいつも遅れる田園都市線は何と定刻に渋谷につきました。1分早くついた感じです。そういう日もあるのですね。やればできるじゃん・・・。

こんな寒い日は、プールなんて行きたくなかったのですが、今日は東京体育館に行って1,500メートルを流して終わりました。体重はまた増えた感じ。すぐに成果はでませんね減量も水泳も。今が我慢の時かもしれません。

※山下毅雄さんの解説は下のアドレスで案内されています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%AF%85%E9%9B%84

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2008年1月15日 (火)

電車の話題

今日は、通勤時にみた電車の話題。

まず、今朝も私が使う田園都市線は朝遅れました。理由は「混雑のため」。朝は当然混雑するんじゃ・・・。確かに私の駅では、一旦ドアが閉まっても数度開け閉め。荷物や衣服が挟まったのでしょう。冬は仕方ないですね。準急電車に乗った私。でも、それほど混雑していなかった感じ。前の電車が詰まっているからとか。田園都市線は、今年朝の急行運転を止めて準急メインにしたのですが、逆にダンゴ状態がひどくなった様子。ついに、振替輸送の対象になった今日。JRの情報掲示には、混雑のため遅延となったのは田園都市線だけだったよ。もう少し早く家を出ればいい私なので、あまり大それたことは言えません。バスは、もともと時間どおり運行できないもの。田園都市線も時間どおり運転しない・・・バスと同じと考えれば、あまり腹立しく思わないのでしょう。

次は、帰りの西武池袋駅で見たポスター。京浜急行のもので「西武池袋線をご利用のみなさま・・・・羽田空港へは京急で・・・」という内容。他の鉄道会社の広告を掲載するのは面白いですね。羽田へは今、京急とJR系の東京モノレールが熾烈な戦い。JRの車内はみんなモノレールの広告。京急も、他社線に案内を出したのですね。路線的には競合しないので、西武の方も問題ないのかも。以前、東急にも同じような広告が出ていましたが、最近東急は、田園都市線から羽田直行のリムジンバスを増発しました。そのためか、バス対電車の競合となり、今は京急の広告は東急では見ません(直接関係のない、池上線とか目黒線・多摩川線にはあるかも)。

最期は、パスネット発売中止と使用終了のこと。関東の私鉄を1枚の磁気カードで利用できたパスネットがついに役目を終えたようです。これが出来た時、とても便利でしたね。各社で使えるし、定期との乗り越し差額も払えるし。自動改札も2枚投入ができるようになってますます便利に。これが出来た時、JRはオレンジカードというもので、私鉄と統合できないか・・・ということでしたが、スイカを開発中だったので、参加しなかったとの話。昨年からパスモが出来スイカと相互に利用可能になったため、繰り返し使えるICカードへ私鉄も移行するようです。テレホンカードが過去のものになったように、磁気式のカード乗車券も忘れ去られるものになっていくのでしょうね。

●今日の減量作戦

体重は、昼食べ過ぎたので少し増。

運動は、東京体育館でクロールを1,000メートル流して、500メートルはだらだらと。まあ、プールに行くことから始めないといけないので。

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2008年1月14日 (月)

寒かった連休

せっかくの3連休。お出かけ日和にはならず、寒かったですね。今朝の最低気温が私の実家のある盛岡市で、マイナス22度とテレビで放送されていましたが、あそこは盛岡市郊外の薮川というところで、最近盛岡市に合併されたところ。もともと、本州では有数の最低気温の記録が出るところなのです。盛岡の市街地でもマイナス11度だったようて、とても寒かったのでしょう。

関東地方も、最低気温が2~3度。最高気温も10度に届かなくて、北風が冷たく体感気温はもっと寒かったみたい。陽射しも少なく、やはり真冬ですね。地球温暖化といったも、こういう日があると、単純に考えると実感がわきません。平均気温やいろいろなデータを総合すると、だんだん温暖化傾向にはなっていると思うのですが。

今日は、祝日なのですが、娘はスイミングスクールへ。坊主は風邪気味なので、家に居て・・・という普通の生活。こんなありふれた日々もわるくないのでしょうね。土曜日に食料品の買出しには行ったので、妻も特に出かけることもなく。

私は、昨日のバイクで懲りたので、遠出はしませんでした。というか、マイバイクくんは今日から「入院」をします。以前から出ていたエラーコード「20」。昨日は出なかったので、このままよければ、次ぎのオイル交換まで待とうかと思ったのですが、今日また出ました。以前から今日バイクショップにバイクを預ける約束をしていたのですが、調子がよければキャンセルを・・・と考えていました。ただ、今日出たので、予定どおり。

今日、預けてこれから数日間かけていろいろと調べる・・・とのことです。メーカー保障の対象となるか、有料となるかわかりませんが、しばらくはバイクには乗れません。たまらスポーツクラブに行くために、平日も乗っていましたが、この寒さで夜間はきついので、ちょうどいいです。

●減量プロジェクトの様子もこれから、少しここに。

体重は、変化なしです。

運動は、スポーツクラブのプールへ。クロールのプルやキック練習など1,000メートル。その他バタフライや左右呼吸・片手クロールの練習で500メートル。約50分。結構疲れました。

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2008年1月13日 (日)

環状4号と米軍基地

今日は、とても寒く北風も冷たい一日でした。こういう日は、とても箱根などの山登りはできません。ということで、近場をバイクで探索ということに。午前中はいろいろとやることがあり、午後から出かけます。

今回は、横浜市内を走る環状4号線を南下するものです。以前、この道路のそばに住んでいたことがあり、ふいに懐かしくなりました。

環状4号線は正式には、「横浜市主要地方道18号環状4号線」といいます。区間は、戸塚の原宿交差点から瀬谷区の瀬谷4丁目交差点まで。ただし、「横浜市都市計画道路環状4号線」ということになれば、金沢区の六浦から青葉区の鉄町まで。そこで、私の家のそばの市ヶ尾交差点から、鉄町~原宿交差点までのコースを目指します。鉄町から保土ヶ谷バイパスと交差する卸センターまでは、よくクルマでは通った道です。

今までの高速や大きな国道メインと違い、今回はいわゆる「下道コース」。高速は、事故に逢うとダメージが大きいのですが、下道はクルマが多い分また危険がたくさん。また歩行者、自転車も結構あぶない。信号待ちもかなりあり、路面の凹凸も。街乗りだと、やはり大型バイクは少しつらいものがありますね。高速は、ただ走ればいいもの。下道は、急に進路変更するクルマもあれば、とつぜん横断をするおばちゃんもいるし。速度もうまく加減しないとあっという間にかなりのスピードになり、信号待ちのクルマに急接近・・・なんてことも。今日も、急プレーキをかけて少し後輪がロックしてしまいました。ただ、低速になっていたので、転倒することは回避しました。

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ここが、青葉区鉄町の交差点。ここから、環状4号線のスタートです。以前は、市ヶ尾の青葉区役所のあたれまでしか道はなく、市ヶ尾から柿生までの道は狭い別のところでした。桐蔭学園は、その旧道の方にあります。ここから青葉台方面へ左折。周辺は、空地が多く、田園都市の風景が残る場所です。

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青葉台駅前です。この区間は、東急の開発地なので、道路も狭く車線も1車線の対面。駅発着のバスの本数も多く、いつも渋滞の道路。すでに、東急の駅や商業施設が建っているので、これ以上の拡幅は無理でしょう。東急もここかせこんなに混むとは予測しなかったのでしょうし、横浜市と東急の確執もいろいろとあったようです。そこから、十日市場駅へ抜けます。

Photo_3 Photo_4                                       一旦、国道16号の旧道に入り、「海軍道路」と言われる道に。実は、ここは米軍の「上瀬谷通信基地(支援施設)」の中を通る道なのです。桜並木の道路はちょうど真ん中を。通信基地(支援施設)なので、通信傍受のためのアンテナの場所があり、あとは周囲に遮る建物がなければ基地としての役目は果たせるようなので、周囲は農地になっています。ただし、警告板を見ると、やはりここは基地という実感。休日は、国有地の部分で、特に支障のない部分を地元の人に解放しているようです。広大な土地なので、凧揚げなどをやっている人も。その先がまだ行けるようなので、行ってみると、基地の門。手前でバイクを止めて見ましたが、中から監視の人が私を睨んでいます。そうですよね。基地でなくても、バイクに乗った不審な人が来れば警戒するのは当たり前。ゲートの看板には「致命的攻撃の許容区域」とありました。英文の和訳なので変な日本語ですが、「無断侵入者は、殺すぞ・・・」ということ。本当は正門をバックに写真を撮りたかったのですが、そんな雰囲気ではなかったので退散です。

ここは、基地としての役目はほとんど移転してしまったらしく今は、「支援施設」となり近い将来返還されることになっています。ただ、返還後はどうなるのでしょう。割合いい場所なので。今は、基地として存在しているので、自然が手付かずのままある様子。これが大規模団地や商業施設になり自然がなくなるのも・・・。複雑な感じです。

そこから、泉区方面に南下。仙台にも泉区があり泉中央という地下鉄の駅がありましたが、横浜にも同じ駅があります。ただしこちらは「いずみ中央」と少し表記が異なります。ここらあたりにくると、仙台の泉区とあまり変わらない風景。相鉄と地下鉄が湘南台まで延びたので、交通の便はよくなったのでしょうが東京まではかなり時間がかかります。なので、まだまだ田園風景がいっぱい。

その先は、戸塚区に入り、横浜ドリームランドの跡地。交差点名などにドリームランドという名が残っていますが、もう当時の面影はありません。付近にドリームハイツという団地と、横浜薬科大学が。子どもの頃、両親に連れられて、横浜ドリームランドに来たことがあります。記憶はないのですが、写真が残っていて。両親の話だと、同時はアメリカのディズニーランドを真似た、凄いものという宣伝で、とても人気があったようです。改めてみると、こんなところにあったのか・・・という感じでした。

Photo_5 Photo_6

そこから少し寄り道をして、米海軍の深谷通信基地です。上瀬谷と対になっている基地です。ここも、基地の中を道路が通っています。ただ、上瀬谷のように、ゲートが奥まったとこではなく、道沿いなので、ゲート前にバイクを止めました。今度は、中から日本人の警備の人が出てきて「何か。ご用ですか?」と。「いえ、ここを通ったものですから」と私。「ここはゲートなので・・・」と言われ、こちらもそそくさと退散。写真は道を挟んだバス停から撮ったものです。上瀬谷もそうでしたが、基本的に通信基地は、農地として解放されているので、地元の人は、ある程度のところまでは自由に出入り可能のようです。

もう、日が暮れだし寒くなったので、原宿交差点から、横浜新道・第三京浜で帰宅へ。今回、2つの米軍基地を近くで見ました。クルマで通り過ぎたことはありますが、ゲートを見たのははじめてです。神奈川県には、横須賀・厚木・座間という大きな米軍基地があります。この他にも、上瀬谷・深谷の通信基地。鶴見の倉庫、相模原の補給廠。根岸や池子の住宅など、たくさんの基地があるのですね。沖縄を除くと、所在箇所では一番多いようです。東京に近いので、「首都防衛」の要なんでしょうね。今は、平穏ですが同時多発テロの時は、厚木基地をはじめとして、日本の米軍基地が狙われるかも・・・ということで、上瀬谷や厚木・相模原が近い私達も少しビクビクしたものでした。以前も書いたことがありましたが、厚木基地の騒音は私の家までは聞こえません。ただ、同時多発テロの時は、上空を戦闘機が飛んでいました。また、近くの江田駅付近には訓練機が墜落したことも過去にはありました。そう思うと、何かあった時は、ここも・・・ということに。

今の平穏に時代がずっと続いてくれたら・・・・と思った今回のルートでした。

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人間ドックの結果と課題

昨年末の人間ドックの結果が来て、昨日かかりつけの先生ところへ行き、いろいろと指導を受けてきました。

今回で10回目の人間ドッグ。こういうところで、パーソナルデータを公表するのは恥ずかしいことですが、今後の課題がたくさん・・・ということでその誓いも兼ねて、以下のとおりの推移です。

検査日 年齢 体重 総コレステロール 中性脂肪 空腹時血糖 HBA1c
1998/11/11 36 103.3 236 163 103 5.5
1999/11/17 37 105.2 267 187 109 5.3
2000/11/16 38 103.7 246 158 91 5.3
2001/11/16 39 105.2 223 175 91 5.5
2002/11/18 40 102.6 245 113 135 5.3
2003/11/17 41 79.4 191 63 98 5.2
2004/11/19 42 78.1 179 58 93 4.9
2005/12/21 43 83.5 182 86 97 5.3
2009/12/27 44 86.3 215 80 101 5.3
2007/12/17 45 90.7 184 89 103 4.9

これを見ると、2002年まで、体重はずっと100キロを越えていました。ただ、2001年まではまだ糖尿病の判断数値となる数値は低かったのです。まだ若かったからですね。しかし、2005年には「境界値」を越え、既に出ていた「高脂血症」にから発展して糖尿病の危険が迫っていました。翌年には、運動と食事療法の成果が出てきて、体重もダウン。高脂血症も経過観察程度。糖尿病の心配はとりあえずなくなりました。そこから2年間、運動を習慣化することが出来、標準体重はオーバーしていましたが、この程度で維持していけば大丈夫というところまで。この頃は、来ていた洋服のサイズが合わなくなり、うれしい悲鳴。身体の調子もとてもよかった時期。

そこから単身赴任をして、生活リズムが崩れ、またまた体重は増加。かつての貯金も2年間で使い果たした感じです。今年は、ついに体重も90キロの大台です。

運動を始める前の時点からすでに5年が経過。加齢とともに、生活習慣病は追いかけてきます。今がギリキリの線との先生からの指摘でした。

何となく体調が良くない最近。環境の変化もあるのでしょうが、膝の痛みにはもう2か月以上苦しんでいます。骨の異常やリウマチではない様子。急激に増えた体重と加齢による筋力の低下が原因では?と、こちらも先生から。

100キロ以上あった体重を減らしていった時は、運動に慣れることが大変でしたが、運動することが面白かったし、支えてくれた仲間で出来て。「無理・・・」と思っていた減量が進んでいくことがうれしくて。100キロから90キロを切るまでが大変でしたが、後は楽に。今回も一番つらい時期に来ている感じです。プログを書き始めたのは、減量後のことなので、その時の記録はあまり覚えていません。今回は、2度目のチャレンジとなる減量作戦なので、少しずつ記録していきたいと思います。

以前は、時間もわりとあり、昼休みにもプールで泳ぐこともできたし、エアロビクスや筋トレもやっていました。今は通勤時間も長くなり、昼にプールに行くことはできません。また、今膝の不調があるので、スタジオはまだ無理。プール中心で運動の習慣をつけとあとは食事です。

今回、動脈硬化の兆候もあり、尿に蛋白も出ています。先生から「塩分を控えるように・・・との指示」。「そばつゆなんて飲んではダメですか?」と聞いたところ「もう・・・椅子から落ちそうになりましたよ・・・・。ダメに決まっているじゃないですか・・・」と怒られました。

こちらのプログでは、二輪免許を取るときの奮戦記を、そして水泳の方では、はじめて参加したマスターズ大会までの様子を記録してきました。今度は、減量の記録です。これは今までのうちで一番大変なような気がします。ただ、一度できたことなので、必ず出きる・・・と信じています。そして、それが家族にとっても私からのプレゼントなのだな~と思っています。

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2008年1月 7日 (月)

統一性のないライディングギア

バイクを買っても、その他にいろいろとものを買わないと乗れませんね。まずヘルメット。これは法律が決まっていること。そしてウェア・グローブ。そして、バックなど。

同じメーカーで揃っていると結構カッコ良かったりもするのでしょうが。私はバラバラです。最初は、よくわからなかったのでヤマハのワイズギアのネットショッピングである程度そろえました。なので、その時はヤマハグッズ。ただ、バイク用品店でいろいろと見ているうちに、目移りもしてきます。

ハーレーは、ハーレーグッズで決める人が多いようですが、他の方はどうなのでしょう。

●今(冬)の私のグッズは、

ヘルメット-アライベクター・プロファイル(ワイズギアのコラボ商品)/低価格でもスネル規格ということでそれにしています。

ジャケット-ワイズギア/昨年モデル・しっかりヤマハのマーク入っている。

革パンツ-ホンダ/革製品が欲しくて、ジャケットは高いのでパンツが安かったので。

シューズ-elf/このメーカー有名だということも知らずに特売で購入。

グローブ-イエローコーン/バイク乗りの中で、人気ブランドらしいです。せめてグローブだけでもとうことで。

バッグ-リュック・ワイズギア/これも当初に購入。シートバッグ・タナックス/これは、店で見て、手頃な大きさなので購入。

●夏のグッズ

ジャケット-ゴールトウィン/店頭のカタログで気に入ったので。

メッシュパンツ-ゴールドウィン/ジャケットと揃えるつもりで。

グローブ-ワイズギア・イエローコーン/イエローコーンは夏が先。

タンクバック-ゴールドウィン/一応これで揃えるつもりでした。

何か、ほとんど統一性ないのですね。バイクスクールは、ホンダの会社なので、ヤマハのマークの入ったものは着ていくことがためらわれるのですが、ないので仕方ないです。

最近、イエローコーンが気に入っています。今新春セールでジャケットが3割引。結構いいものが12,000円くらい。これは欲しい・・・と思いましたが、今2着あるし。それにまだまだ着られる(太ったら無理?)ので。ETCをつけて、ハイオクガソリン指定のマイバイクくんなので、燃料費も高い。そんな中で、出費は極力押さえないと。だから諦めました。

ライディングギアを一つのメーカーで揃えるのもいいかもしれませんが、どうもすべてがいいわけでもないのです。店頭で見ると他のメーカーの方がいいものを出しているのが目につくし。水泳を始めた時も、水着とキャップはアリーナ、ゴーグルとタオルとポーチはスピード・・・なんてバラバラ。それと同じで自分にの気に入ったものを・・・と思っています。

今年の夏には、シューズはもう1足欲しいところです。中敷がはがれてきましたので。

マイパイクくんは、今日で累計走行距離が9,000キロを越えました。購入してまだ5か月です。バイクには慣れてきた感じですが、少し調子が悪い時もわかってきました。来週、マイバイクくんの入院があります。XJR1300は、私のモデルからキャブレター方式からインジェクション方式になりました。なので、ちょっと不具合もあるかもしれません。ETCで電気系統が増え、電圧が下がっているのが原因かも・・・との話。でもそれじゃETCは無理ということ?それとも別の原因・・・少し心配になっている私でした。

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2008年1月 6日 (日)

バイクの初詣。

今日は、本当に暖かかったですね。こんな日は、絶好のツーリング日和。そして今年になっての初遠出。昨日、プールで少し頑張ったので身体が痛い・・・。

夏なら、早朝に出かけるのですが、今は少しゆっくり目に出かけないと、寒いのです。10時頃にバイクコンテナに行ったところ、隣の方がいて・・・。新型ハヤブサを見せてもらいました。う~ん、カッコいいですね。でも前傾姿勢が私には無理・・・。

先日の警告ランプの原因が、ETCの配線の関係かも・・・と言われたので、昨日直してもらったのですが、今日も点灯します。それでもエンジンがかかるししばらく走って、一旦エンジンを切り、再びセルスターターを使うと、消えます。エラーコードを調べてもらったところ、走行はできる・・・とのことで、来週の連休後にマイバイクくんは1週間の予定で、「入院」します。

さて、初詣は・・・。実家に帰った時家族で盛岡八幡宮に行ったので、既に済んでいます。でもマイバイクくんの初詣はまだなので、それを・・・。行き先は、もちろん「箱根神社」です。そして、あの感動的な駅伝のコース(5区の区間だけ)をまた走ってみたくて。東名も下りは空いています。ただ、上りは帰省ラッシュのピークになるので早めに切り上げないといけません。

小田原厚木道路の箱根出口もいつもの休日よりもクルマはくないのです。箱根湯本駅前だけが少し混雑。テレビでみていると道路は広く感じますが、実際は狭いところもたくさん。大平台のヘアピンカープ。結構きついですね。小桶園前からの登りもかなりの勾配。芦之湯からの下り坂。テレビ中継の画面がよみがえります。駒大と早大が並んで、山梨学院大を抜いた場所。早大が駒大を引き離した所。順大の選手が、倒れながらも必死に走ろうとして立ち上がった場所。みんなの思いがこもっている国道1号線。感慨深い道でした。

箱根神社への道は大渋滞。みんな初詣なんでしょうね。そこでアクシデントが。前にいた大型バイクの方。結構上手い運転でしたが、脇の駐車場への出入りをした車と接触しました。バイクの方は、少しバックをしたり、いろいろと気を配っていたのですが、運転していた方が慣れない操作なのでしょうか、急発進みたいになり、バイクと接触して、バイクが転倒。「あ~・・」という感じで私はみていました。でも、私はただそれだけ。私の後ろにもう一台バイクの方がいて、その方はその場にバイクを止めて、すぐに引き起こしを手伝いに行きました、「私も・・・」と思ったのですが、もう遅かったです。私は、渋滞中にバイクを道路の真ん中に止めて移動していいのかな~と余計なことを考えてしまいました。私が転倒した時、すぐに引き起こしを手伝ってくれた人がいたので、こういう時にはすぐに行動とないと・・・と思っていたのに・・。ダメですね。バイクは転倒すると身体も打撃を受けることもあるので、バイク乗りとしては、すぐに引き起こしを手伝わないといけなかったのに。まだまだダメですね私。

その後、箱根神社でお参り、駅伝ミュージアム、大観山の展望台を回って、箱根新道・西湘バイパス・二宮・小田厚・東名を経由して帰宅しました。

ところで、パーキングエリアで出会うバイクの方達、ほとんどが私と同年代かそれ以上の方が多いのです。若い人はあまりいませんでした。ハーレーやBMW・ドカティなど外車の方も多いのですが、ハヤブサ(コンテナで隣の方もそうです)とかZZR1400や、レプリカといわれるスーパースポーツ車の方も。ヘルメットを脱ぐとびっくり。ああいうバイクは若い人が乗るものだと思っていましたが、違うのですね。確かに若い人には、少し高すぎます。マイバイクろくんもそれ自体としては安くはないのですが、リッタークラスとしては価格は安い方です。

何人かの方とお話したのですが、みんな口を揃えて「家族は、みんな飽きれています・・・」と笑い話。私も同じ。ただ、ひとつだけ完全に違うのは、みんな若いとき大型でなくともバイクでかなり走っていた方。私が、普通二輪免許をとったのが1年前で、大型は7月・・・。といったら、驚いていました。「これからバイクの楽しさが広がっていいですね・・・」と励まされたりもして。初詣ツーリングでの楽しいひと時でした。

Photo 2_3              箱根神社の駐車場はかなりの渋滞。でもバイクは「木の下に止めていいよ~」といわれラッキー。昨年末にここに来た時は、参拝客もまばらでしたが、今日は露天も出て賑わっています。お守りは、これも昨年末に家族の分も含めてすでに買ってあるので、今回はおみくじだけ。なんと「大吉」でした。大吉なんて引いたことはしばらくなかったので、少しうれしいです。いいものはそのまま持って帰るのがよいとのことです。

Photo_2 ここは、箱根駅伝の往路のゴール、そして復路のスタート地点です。まだ看板残っていますね。選手が走ってくる方向からの写真です。あの日は、順天堂大の選手がここまであと500メートルというところで、リタイア。順天堂大だけゴールはありませんでした。ここで涙する順天堂大の関係者の姿が印象的でした。このそばに、箱根駅伝ミュージアムがあります。中は一度みたので、今日はオリジナルグッズを見に行きました。選手がゴールした時のかけられていた大きなタオルがプレミアム品として販売されていましたが、1枚5,000円なのでやめました。わが母校のタオルもありましたが、それも買わずに、無料配布の各大学のスポーツ新聞をもらって帰りました。母校といってもそんなものです。

Photo_3 Photo_5  

大観山の手前の富士見峠のそばからの富士山と芦ノ湖です。デジカメが古いのであまりきれいではありませんが、富士山がとてもきれいでした。「富士は日本一の山」といわれるとおり、高さだけでなく、美しさも一番ですね。芦ノ湖のきれい。ここは神奈川県。都心からこんなに近いところなのにと感激。そして、そこからターンパイクの展望台。今回はきちんとバイクを止めていますが、以前ここで転倒した私。今回リベンジ(何の?)ということで、傾斜になっているので少し緊張。ターンパイクは料金が高いので、再び山を下って新道へ下りました。

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2008年1月 5日 (土)

やはり、関東は暖かい。

正月休みで、私の実家盛岡へ帰省してのんびりと。今回は、両親の介護の手伝いということもあり、かなり居ました。私は実家なのでいいのですが、子ども達は少し飽きてきた様子。と普段と違うということもありますが、やはりあの寒さは辛かった様子。介護の手伝いがあるので、あまり遠出もできず、近場の買い物ぐらいしか出歩くこともなかったし。

スキーにでも・・・と思ったのですが、やはり寒いので。今年は雪が少しありますが、私の子どもの頃よりはずっと暖かくなっています。朝の最低気温が氷点下10度以下なんてしょっちゅうあったし。

私達のいた部屋は暖房が効いていましたが、ちょっと部屋から出ると寒い寒い。年末に大雪が降り、除雪車で道の中央を除雪するだけで、歩道に雪をよけるだけ。日中は日が照ると、少し雪が解けるのですが、夕方には氷点下に気温が下がるので、すぐに凍結します。つい先頃まで、仙台に赴任していた頃は、岩手県が担当地域だったので、凍結した道路も何とか平気でしたが、暖かいところに慣れてしまうとすぐに感覚がわからなくなります。

横浜に戻り、とても暖かいことにびっくり。周りに雪もないし。風は冷たいのですが、盛岡とは全く違います。

東北地方では、エアコン暖房では部屋は暖まりません。私の実家では、床暖房を入れた部屋があるので、その部屋はエアコンと併用でやっと暖かくなります。どうしても灯油のストーブが必需品。その都度灯油を給油する必要のない温風機とコンパクト式のストーブの部屋と。灯油の給油作業は結構大変。年老いた両親には少しきつそうでした。

仙台はまだ暖かいので、私は社宅でエアコンだけで過ごしましたが、同じマンションで灯油を使っている人もたくさん。

今の家は、機密性があるところなので、エアコンだけで十分暖かくなります。

盛岡では、冬期間バイクで走る人は、配達などで使う人以外はほとんどいません。教習所も、路面が凍結するので冬期間はバイクの教習もありませんし、免許センターでの試験もお休み。やはり、暖かいところの方が暮らしやすいですね。

日本は狭い・・・といいますが、東京から400~500キロ離れると、気候がまったく違います。それだけ、日本が気候の変動が激しい地域にあるということ。それが、四季がはっきりしていて、いろいろな食べ物があり風物詩があり、文化がある・・・ということを改めて知った感じです。

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2008年1月 4日 (金)

I must GO

箱根駅伝も終わり、正月気分もそろそろおしまいです。

感動的なドラマがあった箱根駅伝ですが、少し不満が。第一日目のところでも書きましたが、日本テレビの放送で毎年エンディングにかかる「I must GO」という曲が今年はなかったことです。まあ、そんなことはたいしたことではないのですが、少しこの曲について調べてみました。以前、テレビ局に問い合わせをしたところ、トミー・ヤングという方の歌で、今は廃盤になっているとのことでした。それ以降は番組のホームページでも紹介。

この曲は映画「モーゼと呼ばれた女」のサウンドトラック版の中の一曲のようです。この映画は、日本ではあまり知られていないようですが、内容は黒人奴隷の解放に関するもの。実際に映画を見たことはないのですが、この曲実にいい感じでした。

日本テレビの放送が始まる前に既に廃盤になっていたものですが、昨年までずっとエンディング曲や予告に使われていました。

駅伝・・・というスポーツ中継にはまったく似つかわしくない曲です。しかしこの「I must GO」・・・。直訳すると「行かなければ・・・」という意味が、母校の襷を繋ぐために選手達がどんなに苦しくても考えていること・・・・それが「I must GO」。過去の放送では、往路の時は、ハイライトシーンに加え、立ち止まった選手、そしてそこからまた走り出すシーン。そして苦しい中を頑張って走りきった選手の疲労の表情など、単に勝敗だけではなく辛く苦しいシーンもピックアップされ、それがこの曲とオーバーラップして、その苦しさの中から得た素晴らしいものを訴えかけていた感じです。

スポーツ中継で、最近テーマ曲を設けることが多くなりました。みんな元気な明るい曲。番組を盛り上げ、応援歌にするようなイメージ。ただ、この「I must GO」は、決して明るくもないし。でも、これほど絵になり、感動的なものもないな・・・と私は感じていました。番組担当者がどういう経緯でこの曲を探してきたのかわかりませんが、その方のセンスに感動していたものです。

選手のシーンが終了すると、芦ノ湖・東京タワー・富士山などの風景と、大勢のスタッフのクレジットタイトル。それもこの駅伝の放送が、たくさんの人々の力で作られていることもこの曲でさらに感動的に。

どうして今年はやめたのかな~。いろいろと著作権問題なんかもあるのかな?なんて思ってしまいました。

まあ、これは私の趣味の問題なので、他の方はどう感じられるかはわかりませんが、箱根駅伝のエンディングはやっぱり「I must GO」でないと終われませんね。

ちなみに、この曲ある方のサイトで聞くことができます。直接リンクは張れませんが、検索サイトで「箱根駅伝/I must GO」で検索してみてください。その中にサイトがあります。

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2008年1月 3日 (木)

苦渋の選択-箱根駅伝2日目-

箱根駅伝2日目。駒澤大学の総合優勝で終わりました。駒大も圧倒的な勝ちではなく、9区での逆転。2位の早稲田大も素晴らしいレースを作ってくれました。

昨日取り上げた関東学連選抜。総合4位と、大健闘。監督のインタビューで「とてもいい雰囲気のチームができた。今度は、この雰囲気を自分の大学で作りたい・・・」といっていましたが、まさに違う環境で練習してきた選手が一つにまとまって襷を繋いだ結果。みんな自分の大学のチームで参加することを望んでいるので゜、2度とつくることのないメンバー。それがまた皮肉にも素晴らしい奇跡を生んだのかもしれません。

今日も、大東大の選手が途中棄権になりました。止まってはまた走り、止まっては・・・。彼の脳裏には母校の襷を繋ぐことだけが気力にもなり逆に大きなプレッシャーになっていたのかもしれません。監督が何度も駆け寄って・・・。私も「歩いてもいいので、頑張れ~」と思いましたが、ひたすら走り出します。もう彼は意識がもうろうとしていたのかもしれません。頻繁に襷を握り締めてはまた走る。

最終的に監督が棄権の決定をしました。あともう少しだったので、頑張れたかも・・・と思うこともあります。そのまま走らせてあげたら~、と思うことも。途中棄権をして、彼が駅伝を辛い思い出にしてしまうことも気の毒。監督の判断には迷いがあったかもしれません。監督が棄権させたことで、最後の箱根に掛けていた他の選手に対しての思い。そして、彼がこれからこの棄権をどう乗り越えていくか・・・。ただ、体調の変化が刻々と進みます。まだ若い、未来のある選手。ここで止めなければ取り返しのつかないことになるという迷い。本当に辛い決断だったと思います。自分が棄権させなければ、彼は倒れるまで走り続けるだろう。ただ、そのまま走らせてもっと辛いことが待っていたら・・・。

実際こんな感じに大東大の監督が思っていたかどうかはわかりません。幸いにもこの選手は、病院に運ばれましたが、軽症で済んだ様子。これも監督の的確な判断によるものなのでしょう。

大東大の選手が、懸命に走っている姿・・・。体調管理の失敗といえばそれまでですが、必死に進もうとする姿には、涙が出ました。その気力と想いを讃えたいと思います。

東海大の選手もアクシデントでゴールまでもう少しというところでリタイア。駒大と早大のいいレースに加え、様々な感動的でまた少し辛い気持ちになった今年の箱根駅伝でした。

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2008年1月 2日 (水)

箱根駅伝1日目

新春の恒例行事箱根駅伝。今年は、昨年箱根を訪れたこともあり、特に5区の「山登り」を楽しみにテレビ観戦。天気も良く、比較的暖かい様子。富士山には雪がありますが、箱根の山々にはまったく雪もなく。関東地方は温暖なのですね。

5区の中継所は、かつては鈴廣かまぼこのところでしたが、今は小田原市中心部に変わったのですね。そのため距離も伸びたようです。バイクで以前通った道を選手達が走ります。湯本から宮ノ下へ。そして富士屋ホテルの先の大きなカーブと坂。小桶園前からの勾配。芦之湯での一旦下りから再びの登り。そして芦ノ湖までの下りと、その道を知っているので、難所も少し理解でき、ますます興味深く。

5区はやはり逆転がたくさん。この難所を克服するには、緻密なペース配分も必要。緊迫したとてもいいレースでしたね。我が母校は・・・・。まあ、そんなものでしょう。復路に期待しましょう。

参加チームの中の「関東学連選抜」。頑張りましたね。予選会で出場できなかったチームから選抜されてできたチーム。本当は大学チームとして参加したかったのでしょうが、それでも1つのチームとして襷をつなぐ・・・。素晴らしいですね。このメンバーでチームが結成されて2か月。それぞれ違った練習をしてきた選手達が心新たに走る。大変なこともあったでしょう。昨年、私が水泳のリレー大会の時に即席チームで参加したことを思い出しました。それとは全然レベルが違うものでしょうが、互いに違う学校のチームでも、心と襷を繋ぐことができる・・・ということを証明してくれました。復路も頑張って欲しいです。

そして、昨年の総合優勝校の順天堂大。あと少しのところで選手がリタイア。最後の力を振り絞った姿には涙が出ました。でももうあれ以上は無理。監督も断腸の思い出棄権。選手本人も、他の選手も無念だったと思います。この悔しさは、これからの人生の糧となっていくと思います。これも感動的な場面でした。

1日目が終了しました。今度は総合優勝めざして大手町へ。混戦が予想されますが、勝敗にこだわらず、選手には自分の目標に向かい、精一杯走ってください。応援しています。

ところで、日本テレビの放送。いつもはエンディングに「I must go」という女性のヴォーカルが流れていました。少しもの悲しい曲ですが、ハイライトシーンの映像と相まって、いい感じでした。私もこの曲が好きで、問い合わせをしたことがありますが、CDの発売はないとのことでした。今年はその曲流れませんでした。いろいろと事情があったためなのでしょう。ちょっと残念・・・。

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2008年1月 1日 (火)

東急ジルベスターコンサート

あけまして、おめでとうごさいます。

今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

年末から年始はテレビは特別編成。我が家でも、普通にNHKの紅白歌合戦を見て・・・ということに。私も最近の歌がよくわからなくなってきました。子ども達の方がよく知っている・・・。そういう年代になったのですね。

さて、毎年越年の番組でテレビ東京で放送される「東急ジルベスターコンサート」という番組があります。渋谷のオーチャードホールで、クラシックのコンサートが、越年で開かれ、それをテレビで中継・・・というものです。一流の指揮者・オーケストラ、名曲といういいイベントです。年越しはだいたい実家で過ごすことが多いので、実際にホールには行けません。また、盛岡で過ごす時は、テレビ東京だけは系列局がないので、見ることはできないのですが、最近実家でテレビを新型にして、BSを見ることができるので、盛岡でもこのコンサートを楽しむことができます。

このコンサートの目玉は、カウントダウンというものがあって、23時50分ぐらいから演奏をはじめ、曲の終了と同時に新年を迎える・・・というものがあります。最初はデジタル表示の時計が「あと○分」と表示されますが、次第に普通の時計の映像が片隅に出て、雰囲気を盛り上げます。

今年のカウントダウンの曲は、レスピーギ作曲  交響詩ローマの松より「アッピア街道の松」。初めて聞く曲でしたが、なかなか元気のある新年を迎えるのにふさわしい曲。指揮は尾高忠明氏。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。曲がクライマックスに近づくにつれ、「カウントダウンまでに間に合うだろうか」とヒヤヒヤします。最後は少しテンポが速くなったかな?と思いながらも、無事終了と同時に年明けの時報。素晴らしいタイミング。終了後に尾高氏のインタビューがあり、「大変でした・・・」とのこと。ストップウオッチを見ながら計算して指揮をしているのでしょうが、曲づくりをしていくのと時間とをコンピューターではなく人の力でやり遂げるということに、素晴らしさが。

以前、ラベルのボレロが選曲されたことがあり、この曲は何度も聞き覚えのある曲なので、それこそ「大丈夫終わるかな~」とこちらもヒヤヒヤして。さすがにプロですね。

オーチャードホールは、かつて1度だけコンサートで訪れたことがあります。大変いいホールです。そしてこのいいホールで行われるこのイベント。チケットもすぐに完売という状況のようです。実際に見に行くのはなかなか難しいようですが、いつかは行ってみたいものです。

今日の盛岡は、かなり寒く晴れましたが、真冬日。少し雪が解けても、夕方にはすぐに凍結してしまいます。だから道路はアイスバーン。子ども達と雪かきをして、雪だるまもつくりましたが、私は寒いのですぐに退散。子ども達はまだサラサラしている雪でいろいろと遊んでいました。休みもあともう少しです。

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