« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月30日 (土)

いつまで雨が降るのですか・・・。

ここ数日、天気がおかしいですね。

まず、8月というのに首都圏ではそれほど暑くないのです。これにはみんな喜んでいるとは思いますが。

西日本は暑くても関東からは少し気温が低いですね。私の実家のある岩手県あたりはだいたいそうで、お盆を過ぎると急に涼しくなります。学校が20日過ぎに始まりますのでちょうどいいのですが、東京もそんな感じですね。やはりこちらは東日本の気候なのかな~。

そして最近は雨。昼間は少し日の差すこともありますが、夜には雨というパターン。そして集中豪雨も。雷もひどく、昨日は方々の電車が落雷で止まりました。

梅雨のような雨の連続、そして降り方は豪雨。熱帯地方のスコールのような感じも。地球温暖化による異常気象が原因なんでしょうね。

先週の週末からずっと雨なので、バイクでお出かけもできません。明日は・・・。雨の予報ですね。いつまで降り続くのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月22日 (金)

渋谷駅通り魔事件

すでにニュースになっていますが、今日の夕方渋谷駅で通り魔事件がありました。いつも金曜日は東京体育館で泳いで帰るのですが、腰を痛めてしまったのでまっすぐ帰ることにした私。

たまたま、副都心線からそのまま田園都市線へ抜けずに一旦地上へでた私。ちょうど東口の東横のれん街の前が騒々しいのです。救急車のサイレンがなって。よく気分が悪くなった人が搬送されるシーンに遭遇したことはあるのですが、今日はすごい人だかり。「これは何かあったな・・」と思った私。バリケードがありましたが、普通にその先頭に行ける状態。警察官がさかんに「立ち止まらないでください」と叫んでいます。

救急車がちょうど到着したところ。バリケードの真ん中にシートで覆われた人がいます。「これはただごとではない・・・」と思った私。まわりに人に聞いても「よくわからない・・」との返事。救急車が中に入りましたので、どんな人が乗せられるか見ようと思いましたが、さらにシートでバリケードが。東急百貨店の通路も通行止め。たくさんの社員が中から通行できないようにこちらもバリケード。

最初は、先日の猿出現があったので、誰か猿に攻撃されたかな~と。

そこで気がついたのが、みんな携帯やデジカメで救急車の様子を撮影しているのです。またマスコミは到着していない様子。テレビ朝日の報道ステーションでもレポーターが到着したのは救急車が去ってから。搬送の時の様子ということで、視聴者提供ということで映像が公開されていましたが、私はその場面をリアルに見たので、あの時撮影していた人が提供したのですね。秋葉原の事件の時もそうでしたが、今はみんなカメラ付きの携帯を持っている時代。私も持っています。でも私は撮影しようとは思いませんでしたが。そして不思議なのは、デジカメを持っている人もたくさん。仕事で持ち歩いている人かもしれませんが、普通はあまり持ち歩きませんよね。不思議な光景でした。

でもやはり怖いですね。犯人は捕まったみたいです。事件の内容を知ったのは帰宅してからでしたが・・・。けがをされた方の一日も早い回復をお祈りしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぎっくり腰

2日前に、軽い「ぎっくり腰」になったようです。もともと私は腰痛があります。最近また体重も増えたので腰には負担がかかるのです。

私の腰痛は、鈍痛というかコリのひどいようなもの。歩けないとか痛くて大変ということはなかったのです。でも今回のものは違います。同じ姿勢をしていれば大丈夫です。座っているとか立っているとか。そこから違う姿勢になると右腰から脚にかけて痛いのです。スボンはいたりするのが結構辛いのです。

原因は、火曜日に夏休みを1日取り、バイクの洗車をして・・・。用品店でマフラーの焼け色を取るケミカルを買ってきたので、それを試していた時に屈んでハンドルの下の部分を磨いていた時に「ぎくっ」ときました。最初はそれほど痛くなかったのですが、だんだん激しいいたみになって。今週は会社を休めないので、病院には行っていません。まあ、電車に乗って立っているのは平気。あとはエスカレーターもあるので、何とか大丈夫。あとはデスクワークなので仕事も座っている時いつものとおり。トイレに行くために席を立つ時に痛い・・・。この程度であれば軽いようなので、しばらくは安静です。プールにもしばらくは行けないので、食事は少し減らさないとますます太ってしまいますね。

身体がボキボキ鳴るのも不思議な感じです。バイクの方は、焼け色かなりとれましたが、少し残ってしまいました。もう一度やれば完全にきれいになるみたいですが、腰が痛いので今回はそのままにします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月21日 (木)

「ナツコイ」

今、ちょっと見ているテレビドラマがあります。それは、月~金の午後1時30分からTBS系列でやっている「ナツコイ」というドラマです。もちろん私はこの時間は会社にいるのでリアルタイムには見られません。

実は、このドラマ最初は妻が見ていて、それを娘が見るようになって旅行で出かけている間はビデオら取って・・・、それを私も見ているうちにといった感じです。

今は昼のドラマは、昔のように「メロドラマ」ではないのですね。私の子供の頃は少し刺激的なシーンもあったもの。でもすっかり様変わりしてファミリーものに。この「ナツコイ」は、元カレに再会した人妻と、嫉妬する夫。そしてその子供たちの初恋の行方と2部制になっています。7月から8月までの放送。7月は主婦層中心なので大人の物語。そして学校が休みに入る頃から、その子供たちの初恋の物語に親たちの様子を絡めるといったとても上手いやり方ですね。

最近の部分では娘が夢中。スイミングスクールとか部活でこの時間を家にいないので、毎回ビデオ。私も少し興味があって娘が見た後に・・・。そして翌日の予約は私の役目。やはりドラマなので、みんなカッコよくて。親の世代役の俳優さんはモデルさんなので、私なんかと比べられると大変。「現実は違う」ことを娘に実感させるにはあまりにこちらも現実的なのが少し哀しいかな~。

初恋部分は、主役は中学3年生。娘は中学1年生。相手の彼は高校生。まだドラマのような感覚はないかもしれませんが、同じ学校で3年生の先輩に憧れているようなので、そんな年頃なのですね。私には、そんな時代もあったのかな~なんて考えることも。私たちの出会いのこととかいろいろ聞かれたりするかな~、聞かれたらどうしよう・・・と思っていたのですが、娘は興味ないようです。

こんなドラマが流行っているのですね。私たちが大学生の頃はいわゆる「トレンディードラマ」が登場した頃。それこそフジテレビの「月9」が始まったあたり。いろいろと言われましたね。でも今の「月9」は少し路線が変わっている感じもします。そして「ナツコイ」も私たちの頃にはあんなドラマはなかった感じです。

オリンピック放送があるので明日はお休み。そして来週で終りです。予告では初恋の二人は別れてしまう予感。少し辛そうな娘。でも中学生と高校生の初恋です。そこで結ばれても先は長く、現実は厳しい。なので、初恋は身を結ばす淡くて懐かしいちょっぴり切ない思い出がいいものだと。そして初恋の相手と再会した時、互いに別の伴侶がいて・・・。なので、そういう結末になるのでは・・・と思っています。ドラマだからハッピーエンドになるのな~。少し私の嫉妬心が入っているのかも。

| | コメント (0)

2008年8月17日 (日)

道志みち再び

国道413号線、通称「道志みち」。ここを約1年ぶりにとおって来ました。

今日は、昨日までの暑さがウソのように涼しい日。朝から曇っていました。天気予報では土曜日は雨、日曜日は晴れということだったのですが、外れたみたいです。

事前に最新の天気予報をみたのですが、道志みちあたりは15時頃からは雨の予想。それまでには帰ってくればいいのだから・・・と出かけたのですが、家を出るあたりから雨が降り出しました。横浜地方の雨の予報もなかったのに。道順は覚えていますが、途中細い道やカープがあるので、昨年行った時はヒヤヒヤ。大型の免許を取って1か月ぐらいで、大型バイクに乗ってからも半月ぐらいでしたから余計に。その時よりも上手く走れるようになったかな~と思いながらも。

宮が瀬ダムのあたりから結構雨が降り出しました。厚木市内では小雨で傘をさしている人も少なかったのですが、ここらではみんな傘をさしています。路面が滑るのであまり無理はできません。「カッコ悪くても、無理はしない」・・・・を念頭に。

途中のヤマザキデイリーストアで休憩しますが、雨は止みませんね。今回も前に車がたくさんいて、その後ろをついていったので楽でした。まあ、昨年よりは気持ち的には楽な感じ。このあたりも相模原市なんですね。相模原市は、近い将来政令指定都市に昇格をめざしているようですが、このあたりは全部1つの区になるのでしょうか。

道の駅にも無事到着。そこから山中湖方面へ下り、御殿場へ。静岡県に入ったあたりで少し渋滞。ただ、それよりも凄い霧。視界がほとんどありません。雨はそれほどでもないのですが前方が見えないくらい怖いものはないです。帰りの渋滞になる前に、御殿場から東名に乗りましたが、秦野中井から横浜町田まで15キロ渋滞の案内です。ただし、帰省ラッシュのピークが過ぎたのと、天気が悪い・・・そしてガソリン代の高騰でそれほど車は多くない感じでした。海老名SAから先、いつもはすいているのですが、今日は大和トンネルまで渋滞していましたね。

渋滞のメカニズム・・・という特集をテレビでやっていましたが、あまり車間距離を詰めると逆に渋滞になるので、40メートルくらい開ければいいということでした。クルマだと渋滞の時に先の様子がわからないのですが、バイクだとすり抜けができるので観察してみると、結構車間開き過ぎでは・・・と思う車がたくさん。でもよくはわかりません。そして、高速で「追い越し車線」と「走行車線」ではどっちが速いか・・・という実験もしていましたが、結果的に走行車線の方が速いようです。それも今回やってみました。確かに走行車線の方が進みは良い感じです。まあ、あまり薦められたことではないのでしょうが、3つの車線をうまく車線変更をしていくのが一番速いようですが、私のレベルでは少し危険なので、少し実験しただけで止めました。

東名ではほとんど雨。ヘルメットのシールドに水滴が付き視界が悪くなります。これも怖いですね。合羽は着ないで、メッシュのジャケットに標準装備してあるインナーを着込みました。気温が低いので、これでちょうどいいくらい。一応このインナーはかなり高い防水加工で、縫い目もテープで

補強しています。そのおかげで、上のジャケットは水を吸って重くなりますが、インナーの下はほとんど濡れませんでした。問題は下。メッシュのバンツはもうビショビジョ。下着まで染み込みます。シューズはそれほどでもないのですが、グローブはもう中が冷たいです。休憩の時にエンジンを掛けてマフラの熱風を乾かしますがまた濡れるので、ガソリンがもったいなくなりこちらも中止。

横浜町田~横浜青葉のあたりで一番雨量が激しく、下半身はしっかりと濡れました。

雨の日と暑い日ではどっちがいいかというと、どっちもどっちですね。暑くても走っていればそれなりに涼しいのです。止まると地獄。雨は視界が悪くなるので危ないですね。ということで曇りで少しの小雨なら、暑いよりはいいかな~と思いましたが、その分バイクも汚れるので、やはり暑くても晴れた方がいいという結論に。

2008_08170002 道の駅どうしで売っていた、「クレソンカレー」です。このあたりの特産のクレソンを入れ、薬膳としたもののようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月16日 (土)

今年の多摩川花火大会。

今日は、多摩川花火大会。昨年は、7月まで、二子玉川の教習所に大型二輪の教習を受けに行っていましたので、その特典で教習所の敷地内でゆっくりと見物ができました。今年はもう教習を受けていないので、あそこへは行けません。ただ、ここの教習所毎年このキャンペーンをやっているので、来年あたりはおちの奥さんがバイクの免許を取りに行けば大丈夫・・・。なんて言ったら怒られました。

さて、だいたい毎年行っているこの花火大会。川崎市と世田谷区の合同開催なので規模が大きく、その分だけ人出も多いのです。娘も中学生になったので、家族4人で行くのは今年が最後かもしれないと思いながら出かけました。夕方から局地的に大雨という天気予報もあり、北側の空も暗い雲が。それでも天気は持ちましたね。そして暑さもそのまま。

この花火大会、東京側で見るか川崎側でみるかが問題。花火は川崎側で打ち上げる方がきれいかな~と例年思っていました。そうすると東京側でみた方が・・・。ただし川崎側だし河川敷が広いので、東京側より混雑が少し楽なのです。昨年は教習所が東京側でしたので、川崎の花火がよく見えました。今年は・・・。東京側は玉川高島屋や行く人の列もありものすごく混雑するので、おととしと同じく川崎側にしました。二子新地の駅は、ふだんは閑散としている駅なのですが、この花火大会の時だけはものすごい混雑になります。以前は駅自体も狭く、複々線の工事のため身動きがとれないくらい。でも今年は工事も終わり駅も広くなった感じです。

どうしても困るのがトイレ。昨年は教習所のトイレが使えたのでよかったです。仮設トイレは長蛇の列。なので、今年はトイレに近いところに陣取って花火観賞。やはりきれいですね。先日見た神宮の花火もきれいでしたが、あそこ住宅地なので規模が小さいです。こちらは河川敷で上げているので、大玉もかなりの大きさ。そして今年は特に色がカラフルになった感じです。

もう一つのお目当ては夜店。やきそばとかいろいろなものを食べながらの鑑賞がまた格別。でもやきそばなんて量が少くて500円は高い・・・。といいながらもみんなで食べました。

東京側の二子玉川の川沿いに高層の高級マンションがあります。ここの人達ベランダからこの花火をゆっくりと見られるのですね。うらやましい。ここ数億円・・・したらしいです。今二子玉川の再開発で高層マンションがたくさんできるらしいですが、花火大会も売りになっている様子。

ケーブルテレビで中継もしていたようなので、来年はテレビでみようかな~、それとも本当に誰か教習所へ行って、またあそこで見たいな~と思いながら、混雑する道を電車で帰ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月15日 (金)

終戦の日に。

今日は、終戦の日。8月は広島・長崎の原爆の日、そして終戦の日と平和を祈念する月でもあります。8月というのは、夏休みそしてお盆の時期でもあり家族で過ごす時間の多い時。そういう時は、今一度平和について考えるのも必要かな・・・と思います。

先日、テレビを見ていたら、長崎の原爆の日に合わせた特集がありました。原爆で被害を受けた長崎市の浦上天主堂のことです。ここは、被爆の時間にミサが行われていて、多くの信者や神父が亡くなりました。東洋一といわれた天主堂も一瞬にして廃墟となり、焼けただれたマリア像が無残な姿に。当初長崎市はこの浦上天主堂の残骸を平和への遺産として保存することに決めていました。それが取り壊しになったいきさつを描いた番組です。もともとは長崎市の所有ではない土地であるため、市は天主堂に新しい代替地を用意してこの残骸を世界平和のために残すことを決定していました。当時の市長がアメリカを訪問して、帰国後に今までの方針を一転させ、廃墟の保存をやめ、壁の一部などを平和祈念館に展示することにしました。なぜ方向転換したのか・・・。それはアメリカの国際世論に対しての一種の隠ぺいの意図があったのでは・・・という内容。長崎市はアメリカのセントポール市と姉妹都市となりました。

戦争当時、日本は海外諸国と対立をしていたので、欧米諸国は日本でキリスト教徒がいることもあまり知られていない状態。まして、原爆でミサの行われていた教会の上に原爆を投下して、無残になったマリア像などがあることを知られたくなかったのでは・・・という推測です。特にヨーロッパ諸国は、宗教意識の強いところ。そこに、負の遺産としての廃墟の浦上天主堂があることはとても都合が悪かったのでしょう。焼けただれたマリア像は、個人の神父の方が大切に保管して、最近長崎市の原爆資料館に寄贈したらしいです。

広島の原爆ドームは、一般の建物なので、原爆の悲惨さを訴えるには十分なものでしたが、長崎の浦上天主堂の廃墟はそれに宗教が加わった、さらに訴えるものの多いものです。浦上天主堂のホームページにこの点触れ、現在地が過去にキリシタン弾圧の際の殉教の地であるため、この土地を手放すことはできなかったとありました。人類史上最悪の大量殺戮と言われた広島・長崎の被爆。その悲劇を直接受けた浦上天主堂が平和のシンボルとして今後大きな役割を果たすかもしれなかった廃墟を残すことを断念したということも、何か大きな圧力があったのでは・・・と。浦上天主堂の廃墟が広島の原爆ドームとともに現存していれば、あの冷戦時代の核開発競争はなかったかも・・・という言葉で番組は締めくくられましたが、私もそうであったと思いたいです。

戦禍の遺物は、忌まわしい過去とされてどんどんなくなっていきます。戦後63年経って、記憶も風化していきます。そんな中で、焼けただれたマリア像は何を祈っているのでしょうか・・・と終戦の日の考えてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月13日 (水)

帰ると暑い・・・。

お盆の時期になったのですが、私は7月下旬から8月上旬にかけて休暇を取ったのでお盆は出勤です。本来は他に夏期の休暇があるのですが、みんながこの時期ら休むので、私も・・・というわけにはいきません。

私の実家にはもう帰省をしたので、妻と子どもたちだけ妻の実家に帰省しています。といっても、私の家は妻の実家は近いので、私が出勤の間は夕食の支度だけは昼間に妻がしてくれます。

久々の独り暮らし。たまにはいいものです。仙台にいた時のように夜にバイクでお出かけもできます。昨日はベイブリッジまあたりまで走ってきました。今日は、東京体育館のプールで延々と泳いで、明日は残業の予定。食事も別に用意していなくでもいいのですが、家のことが心配なようで、昼間少し様子を見に来るようです。何のために実家に帰省したのでしょうね・・・。

さて、きままに暮らしていても辛いことが、それは家に帰るとものすごい熱気。いつも、暑くても家に帰ると涼しいので楽でした。坊主がまだ小さいので設定温度は高めですが、それても外から帰ると天国。でも今は誰もいないので、カギを開けて家に入ったら、玄関に置いてある温度計は35度ぐらいになっています。部屋の中で汗だく。そしてカバンを置いて、エアコンのリモコンを入れてもしばらく涼しくなりません。仙台にいた時はこれほど暑くなかったのです・・・。その反動で、寝る時はエアコンをガンガン入れて・・・。そうすると朝体調が悪くなって。

タイマーを入れて、帰宅する頃に涼しくなるようにしてもいいのですが、電気代がもったいないのです。

家の中のものもかなり熱くなっています。妻が昼間に少しエアコンを入れても、あまり効果ないのですね。

しかし、夜帰って35度なら、昼間は何度あるのでしょう。以前、エアコンのない家に住んでいた方が、熱中症で亡くなったという話を聞きました。また生活保護ほ受けている方がエアコンを買ったことで給付金が打ち切られたことがあるという話も。でもそれは死ね・・・ということですね。少しはピークは過ぎたようですが、まだまだ暑いですね。今週金曜日まで私の独りの生活が続き、土日は私も妻の実家に行かないといけません。それもまた大変です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月12日 (火)

タクシーの掟?

先週の日曜日のことです。水泳の練習会に参加して帰りが遅くなり、田園都市線の終電に何とか間に合いました。しかし、終電は私の利用する駅より手前の鷺沼止まり。そこからは仕方ないのでタクシーです。鷺沼駅から私の家まではタクシーで1,000円を少し超える程度。

鷺沼駅に着き、トイレに行ったりしてゆっくりと改札を出るとタクシー待ちの長蛇の列。ロータリーを2週するくらい。やっぱり電車がついた時に走ればよかったと思っても後の祭り。タクシーもどんどんくるわけでもなく、このまま待っていたら1時間以上は待たないといけない予感。私も迎えにきてもらおうかと思いましたが、深夜なのでとても頼めません。白タクの誘いがありましたが、距離が近いので相手にもされず。1時間も待つのなら歩いた方が早いと思い、ロータリーを出た瞬間に、反対の路肩に「空車」の表示のタクシーが数台。誰も乗る気配もないのです。運転手が互いに話しをしています。

私はダメモトで「乗れますか・・・」と聞いたところ「どうぞ」とのこと。ラッキーと思い乗り込みました。ロータリーには延々と続く人を横目に。運転手さんにどうしてここで乗れたのかを聞くと、「あの駅は東急のもので、ロータリーの敷地も東急のものなのです。だから、指定の業者しか入れないんです」。驚きました。確かに、ロータリーに入っている業者とこのタクシーは違う会社。日曜日は流していても客はいないため、ロータリーの外であきらめてくる客を待つのだそうです。私のような人を。

駅の構造によって、タクシー乗り場がロータリーのところとそうでないところがあるようです。隣のたまプラーザの駅は現在工事中で、タクシー乗り場が特別に公道に出ています。そのタクシー鷺沼で客がいなければたまプラーザに行こうと思ったらしいです。JRの駅でも、乗り入れのできる業者が決まっているところもあるようです。私はタクシーは駅に行けばどこでも乗れると思っていましたが厳しいのですね。

以前住んでいたところは、もう少し南でクルマのナンバーが横浜・川崎・多摩・相模の入り混じる付近。東京のナンバーのクルマが、横浜へ客を乗せて来た時、再び東京に戻る客だったら乗せてもいいようですが、途中の横浜とか川崎で降りる人を乗せてはいけない決まりになっているらしいです。なので、帰りは空で走るみたい。

私の実家のある盛岡市は、新規参入のタクシー会社が他の会社よりも料金を低く設定しました。流しでその会社にあたる確率は高くないのに、他の会社はすべてこの新規の会社の料金に合わせて値下げしました。

タクシーの業界には様々な掟があるのですね。本来は安全に客を運ぶためのものだったのでしょうが、客としては縄張りがどうとかそういうことでなく乗せて欲しいと思うのは都合のいいことなんですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月 8日 (金)

北海道ツーリング④

北海道ツーリングも最終日。15時までしか時間がないため、旭川から小樽・札幌方面を回ることに。

旭川から小樽までは時間を短縮するために高速を利用しました。それほどスピードを出すわけではない私ですが、やはり取締りには用心です。今まで無事旅を続けてきましたので、最後で・・・ということになってはつまらないものです。旭川から札幌までは結構距離あるのです。高速からの風景はやはり北海道のもの。気持ちはいいです。ところで、道端で道路会社の車がなにやら旗を振っています。私はてっきりスピード違反か・・と思ってしまいました。考えてみれば、道路会社の車が取締りはしません。でも、少しやましいスピードだったので、無意識に路肩に停車。すると係の人がやってきて「どうしました・・・。ここは駐停車禁止ですよ・・・」と。「えっ・・・さっき旗をふっていたのでは・・・」と私。すると旗を持っていた別の人が、「すみません、ただ避けて欲しかったのです。紛らわしいことをしてすみませんでした」と。私は「あ~・・・、内地から来たのでょくわからなくてすみません」と早々に立ち去りました。本当にヒヤヒヤしましたよあの時。

札幌に入り、小樽までの高速は「札樽道」。私は「たったるどう」と思っていましたが「さっそんどう」なのですね。こちらも恥ずかしいです。札幌市の北側を通るのですが、もう都会の風景。そして小樽付近は車でいっぱい。ちょうどお祭りの日にあたったようです。

2008_07270014 小樽運河です。実はこれ、信号待ちの時に撮った写真です。このあたりはもう車があふれ、有料駐車場も満車状態。ここの信号も渋滞で待ち時間が長いのです。なので、バックからカメラを出して写真を撮る時間も。でも、撮った後にすぐ進み出し、グローブを手に持ったままバイクを発進。結構危ないことをしました。

2008_07270015 ここは、小樽のフェリーターミナルです。新潟方面からだとここに到着します。稚内のターミナルよりもずっと大きいです。小樽は一時街自体が衰退したのですが、札幌に近いことで再び活気が出てきた街。観光そして港町としてこれからも発展するのでしょう。

2008_07270016 札幌市内に入りましたが、車の渋滞もひどく、一方通行のも多い中心部。バイクを止めておく場所もないくらいです。でも道庁の旧庁舎だけはみたかったのです。

そして、最後の目的地支笏湖へ向かいましたが、こちらも渋滞。またバイクを止めての撮影スポットも見つからないまま進み、最後のパーキングは有料。バイクでも100円取るようなので、そのまま素通りしました。

今回のツーリングはこれで終わりです。走行距離は4泊5日で約1,000キロ。思ったより走っていなかった感じです。礼文島に行った時、フェリーが往復で4時間かかりましたので、その分の距離が少なかったのです。そして、ガソリン・・・。給油した量は約100リットル。街中のセルフでは意外と安かったのですが、ハイオクなので1リットル200円を超えるところも。全部で20,000円弱。

ツーリングの楽しみはいろいろな人との出逢い。今回だとったルートで、バイクを止めるとだいたいそこにバイクがいて・・・という感じです。そうすると必ず「こんにちは・・・」のあいさつから。それだけの人もいれば、話が弾む人も。まずナンバーを見て、地元でないことを確認してから、どういうコースを回ったか(回るか)が話のメイン。ツーリングの人の話題はそこから。若い人か私と同年代の人が多かったです。個人の人も多く、グループは少なかったかも。ただ、道北地区は千歳や苫小牧から遠いので、みんな目的地に向かって急ぐ人が多いのです。夕方までに宿につかないといけない・・・。宿はどこですか・・・と聞くと網走とか北見なんて、稚内からずっと離れたところ・・・という人も。そうすると自然に短時間で情報交換。みんな短い休みを有効に使わないといけないから・・・。特に、プライベート情報を離さなくても、北海道の話だけで十分・・・といった感じ。

また、よく雑誌にツーリングの際に「すれ違ったバイクとピースサインを」というのがあります。東京近辺ではほとんどない習慣。でも北海道には残っています。今はピースではなく、手を上げて・・・というもの。私は最初右手と左手のどっちを上げるの・・・と思ってしまいました。アクセルレバーを握っているので左手でいいんですよね。最初は慣れませんでしたが、自然にバイクとすれ違うと手が上がりました。初日は私から手を上げることはなかったのですが、2か目からと私からの時もあればほとんど同時にできるような余裕も。まったくすれ違わないときもあれば、集団でくる時も(この時は私は手を上げっ放し状態)。でもそんな挨拶も楽しい経験でした。小さな集落では子供たちが歩きながら手を振ってくれたし。北海道は「バイク天国」といいますが、そんな感じも。ただ、道南に来ると一変して都会の雰囲気。特に札幌周辺は地元の若者が乗っているバイクも多く、挨拶を交わすのはあきらかに大きな荷物を積んだバイクだけ。もうこのあたりは東京と変わりませんね。

それから、荷物。私はキャンプはしませんでしたので、割合少なめでした。初日と最終日が旭川で同じホテルということもあり、すぐに使わないものや着替えの半分はホテルに預かってもらいました。できるだけ荷物は少なくした方が旅はしやすいのです。でも雨具だけは手放せない。これがスペースを取って。あとは地図とカメラと薬。簡単な着替え。ライダーハウスを利用するなら、洗濯機と乾燥機が設置されている場合があり、それを利用すれば着替えも少なくしてもいいですね。それと、以前書いた虫対策。夜でなくても走っていればとにかく虫がヘルメットやバイクの前面・ジャケットなどにつきます。最初はウエットティッシュでその都度取っていましたが、あまりに多くてもったいなくなりました。そういう時に役立つのは濡らしたタオルです。ホテルや道の駅なのでトイレで濡らしておいて、虫がついた箇所を拭きます。そうすると汚れはすぐに落ちます。あとは乾いた布があれば空拭き。そして、またトイレで洗えばいいのです。濡れたタオルはスーパーのレジ袋に入れてバックの上蓋の間に挟めば、他のものを濡らすことはありません。濡れたタオルは他にもいろいろ使え重宝しました。

そしてこれは少し残念なこと。このツアーは全日空の「スカイツーリング」というバイクを飛行機で積んでいくもの。最低1泊は全日空が指定したホテルに泊まらないといけません。私は当然、「バイクのツアー」ということをホテルは知っていて、駐車場もきちんとあるのだろうと思っていました。私は以前クルマで泊まりがけの営業をしていましたので、ビジネスホテルなどはバイク用の置場があまりないことは知っていましたので少し不安。でもバイクのツアーなので大丈夫だろうと思っていたら、何と全日空はバイクを来ることやバイクツアーであることをホテルに知らせていませんでした。ホテルはただ、全日空からの予約として聞いていないようです。なので、私は旭川でバイクを止める時に駐車場の係の人は「えっ聞いていないよ~」というしフロントの係りも知らない・・・と言われ少しトラブルに。よく調べてみると、全日空がきちんとバイクのツアーであることを伝えていれば済む問題。このことは予約センターに申し入れをしました。他のことは概ね問題なく快適だったので、今後利用する方のためにぜひに・・・とクレーマーに(特に札幌の中心部に泊まる人はたぶん大変だと思います)。

いろいろと他にもありましたが、事故もなくツーリングは終わりました。夏の北海道はいいところです。でも冬暮すのは大変です。なのであまり地元の人に「いいところですね~」という言葉を大袈裟にはいいませんでした。ほんの一瞬の間だけ見せる北海道の素晴らしい姿なのだから・・・。私は、宗谷地区の3つの岬をめぐることを目的にし、あとはあまり寄り道せずただ走っていました。自然ともっと楽しみたいとか、名所旧跡をゆっくりみたいとか、グルメの旅をしたいとか旅の仕方はみんなそれぞれ違います。なので、こういう旅の仕方がいい・・・とは言えません。その人それぞれの北海道の楽しみ方があるのです。

来年もまた来たいな~と思いつつ、日程的にも経済的にももう二度とバイクで走ることはないと思います。そんな思いをいつまでも心に残しつつ・・・・。

2008_080930005 最後は、やっばり集めた到達証明書。左上は礼文島のスコトン岬。右上は宗谷岬。左下は、最北端のガスリンスタンドで給油するとバイクの人だけ貰えるもの。右下は、ライダーハウスでもらったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

北海道ツーリング③

今日は、稚内市内~オホーツク~旭川までの風景です。

2008_072610075_22008_072610076 この日はとてもいい天気。ホテルの窓からの様子です。左が、日本最北端の駅、稚内駅。右側は北海道遺産になっている北防波堤ドームです。このドームですが、昨夜この中でテントを張っているツーリングの方がいました。

2008_072610081 ここは、稚内中心部の港の様子です。稚内市は人口が4万人と、減少傾向。街自体は過疎化になってきているようですが、道北地区の中心都市。港もどことなく大きく活気のある雰囲気です。市内にの行先を示す看板は、日本語・ローマ字に加えロシア語の文字もあります。地元に方に聞いたところ、かつてはロシア人がたくさん来ていたということでしたが、今は紋別の方がたくさんのロシア人がいるよ~とのことでした。ただ、国際都市には変わりないのが稚内の特徴です。

2008_072610082 2008_07270001稚内公園。左が乙女の像。サハリンから引き揚げに際し、望郷の祈りのあるもの。右は、終戦間近にサハリンの電話交換手の女性達が殉職という悲劇に対しての慰霊碑です。国境の街故の戦争の爪あとが残る街でもあるのです。

2008_07270002 2008_07270003

再び宗谷岬へ。今日は天気が良い日なのですが、やはりサハリンは見えませんでした。左は最北端の碑。右は丘の上のある、大韓航空機撃墜事件(1983年)の慰霊の塔です。当時は東西冷戦のさなか。本当に悲しい事件でした。稚内には平和への祈りのモニュメントがたくさん。

2008_07270004 2008_07270005

宗谷岬から少し内陸に入ると、宗谷丘陵。ここは、大昔に氷河の浸食があったところ。今は牧草地となり、特産の黒牛達が放牧されています。北海道らしい雄大な風景です。あまりにいい道なのでそのまま進んだのですが、途中でダートに。ここからは私のバイクでは進めませんので引き返すことに。しかし、誰もいない道。天気がいいので明るいですが、街灯もなく、夜はたぶん真っ暗でしょうね。「クマに注意」の看板も。冬はどんな姿かな。

2008_07270006 2008_07270007

もう一度宗谷岬に出て、国道238号線をオホーツク海に沿って南下します。このあたりまでくると、工事用のトラックに会うだけでクルマにもバイクにもあまり会わなくなります。夏のオホーツク海の青さがまぶしいです。この風景は猿払の道の駅。右側の写真はこの地区の漁協が作った海の生物に対しての慰霊碑です。これはガイドブックにはないポイントです。オホーツク海の美しい海を背景に素晴らしいスポットでした。

2008_07270008 浜頓別町に入り、クッチャロ湖です。ここはキャンプ場になっていてたくさんのテントが。浜頓別は、このあたりでは大きな街。猿払・浜頓別とかつて天北線が南稚内まで走っていたところです。ここから旭川までは旧天北線の跡を通ります。この浜頓別からさらにオホーツク海沿いに南下すると枝幸。ここまでが宗谷支庁。網走支庁に入ったかな・・・と思ったのですが、まだまだ。宗谷支庁の人口は約7万人。都会に住んでいると考えられない感覚です。

2008_07270009 浜頓別から国道275線に入る内陸です。ここで海ともお別れ。中頓別町の敏音知。ピンネシリと読みます。漢字の当て字も面白いですね。ここからピンネシリ山への登山口があります。道の駅もかつて天北線の駅のあったところです。周辺は集落もほとんどなく自然の中の道を走るだけです。ここを抜けると上川支庁の音威子府村です。

音威子府からは、士別・名寄と国道40号線を旭川方面へ南下。まだ明るいのですが、もう夕方になり、ただひたすら旭川を目指しますが、なかなか遠いです。そして、この日の最後の寄り道です。

2008_07270010

2008_07270013_4

国道40号線を南下すると和寒町と比布町の境にあるのが「塩狩峠」です。宗谷本線の塩狩駅は国道から少し入ったところにひっそりとあります。なせここに立ち寄ったかというと作家の三浦綾子さんの作品「塩狩峠」の舞台を見てみたかったのです。小説塩狩峠は、当時の駅員が、列車の暴走事故に際し、身を投げ捨ててそれを止め殉職した実話に基づいています。

2008_07270012_2 2008_07270011_3

この駅員は敬虔なキリスト教徒で、この作品も同じキリスト教徒だった三浦さんが教会の出版物に発表したものです。この塩狩駅のそばには三浦さんの別宅跡が記念館となり、キリスト教会の管理で、殉職した駅員の慰霊碑があります。本当にひっそりとしたところで、見過ごしてしまいそうなところですが、ここもガイドブックにはあまり書かれていない、お勧めのスポットでした。

この塩狩峠を過ぎると、旭川はもうすぐ。街の姿が見えてきます。そして大雪山系や十勝岳も現れ、北海道の真ん中までやってきました。この日は、350キロのロングラン。ツーリングもあと1日となりました。

明日は、小樽・札幌周辺と、ツーリング中のできごとなどを紹介します。

今日は、神宮の花火大会。会社の同僚と出かけました。千駄ヶ谷には中抜けがありましたが、10数年勤務しているので、この行事があることは知っていましたが特に関心もなく過ごしました。今年はチケットを買って、秩父宮ラグビー場で鑑賞。きれいでしたが、何となく色も少なく、小さな花火で・・・・。色つきの花火は塗料が落ちて周辺を汚すと聞いたことがあります。このあたりは住宅地なのでそういったことに対しての配慮なのでしょう。座って見られるのはいいのですが、3,000円を出してまで見るほどのものではなかったというのが感想です。多摩川の花火大会の方がきれいな感じ。昨年は教習所に通っていたので、その中でみることができましたが、今年はダメ。でも行く事にはしていますが、娘は別行動のようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 6日 (水)

北海道ツーリング②

今日は、稚内市内~礼文島の様子です。

2008_072610039 2008_072610043

稚内に来たら、必ず訪れないといけないのは宗谷岬。最北端の地です。あいにくの天気でサハリンは見えませんでした。ここで流れている「宗谷岬」という歌。「流氷融けて・・・春風吹いて・・・」という歌詞。15年ぐらい前に稚内に来た時観光バスのガイドさんが歌ってくれましたが、ずっと印象に残っていた歌です。今も碑があり、歌が流れます。

2008_072610047 2008_072610048

稚内のフェリーターミナルです。今年の5月に移築いた新しいもの。JRの駅や空港よりも立派な施設です。ここからは利尻・礼文へのフェリーが出ています。そして反対側は、サハリンのコルサコフへの定期航路のある国際ターミナル。稚内はまさに国境の街なのですね。

2008_072610050 2008_072610051

このフェリーは、車はバックで入れます。大型トラックや観光バスも乗り込みます。バイクは、一旦直進してUターン。床に凹凸があるので、転倒しないようにとヒヤヒヤ。船室は2等。ごろ寝ができますが、「ここは寝る席ではありません」と船員さんに言われました。

2008_072610053 船内からみた、利尻島の利尻富士。利尻島は、利尻富士を中心にした円形の島。温泉もあり人口も礼文に比べ多いです。どちらかというと礼文より人気がある様子。稚内から利尻は1時間40分。礼文は1時間50分かかります。結構かかるのですね。ちなみにサハリンのコルサコフまでは約5時間です。

2008_072610055 2008_072610057

礼文島に来たら、こちらも島の北端にあるスコトン岬へ。宗谷岬より若干南になるので最北端ではないのですが、最果てのイメージは強いです。その先に無人島の「トド島」があり、これが一応最北端(北方領土以外で)の孤島となります。

2008_072610058 2008_072610060

スコトン岬に来ていた観光バス。何かみたことあるマーク。そうです「東急マーク」です。宗谷バスは東急グループです。ガイドさんに聞いてみたら、北海道は東急グループは多いですとのこと。懐かしいです。礼文空港は現在定期便が廃止されたため閉鎖状態。利尻空港は千歳便があります。礼文空港に行くまでの道は、細いですが海を見下ろせる高台を通ります。地元に人に聞いたら、隠れた観光スポットとのことです。

2008_072610061 2008_072610063

礼文島は、利尻島のように一周はできません。東側の海沿いの道をスコトン岬まで。30分ぐらい。フェリーの港のある香深と空港の近くの船泊が大きな集落です。電気は、北海道電力が島内で石油を使って発電しているようです。

2008_072610064 2008_072610065

礼文島の西半分は断崖絶壁が多く、道はありません。それでも南側は元地というところまでは行けます。地蔵岩で道は終わりです。

2008_072610066_2

2008_072610067 元地の街に、ある店でウニ丼が有名。写真のものはスペシャル版で2,600円。ガイドブックではもう少しウニが載っていましたが、まあ満足です。

2008_072610071 2008_072610074

礼文島に滞在したのは3時間弱。バイクで移動でしたので礼文島の特徴である高山植物は見られませんでしたが、最果ての島を訪れることができたので満足。再び稚内に戻り市内の北部にある「ノシャップ岬」へ。もうすっかり夕暮れ。もともと曇りの隙間に沈む夕日がきれいでした。北端の宗谷・ノシャップ・スコトンの岬めぐりも今回の目的でしたので良かったヨカッタ。

2008_072610046 2008_072610078

今日の宿は、昨日とは違いかなり贅沢をして「稚内全日空ホテル」定価だとシングルで20,000円以上するみたいですが、バックなので半額。とてもいいホテルです。バイクはメインエントランスの脇に置かせてもらいました。少し屋根があり濡れないので・・・ということで。サービスもいいですね。相当汚れたジャケットを着ていたので恥ずかしい気分も。シートバックも部屋まで運んでくれました。

明日は、再び稚内からオホーツク海を抜け、旭川までを紹介します。

●今日も暑かったですね。2週間ぶりの会社。もう行きたくない症候群が朝から連発。でも早く目が覚めて。きちんと行きましたよ会社(当たり前)。ほとんど浦島太郎状態。あまりに休みが長いと社会復帰が難しいですね。帰りは、田園都市線はまた遅れて・・・。いつもの生活にもどりつつありますね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 5日 (火)

北海道ツーリング①

今回から、旅の写真を綴っていきたいと思います。

2008_072610002 2008_072610004

羽田空港でのバイクの積込風景です。そして、乗る飛行機はポケモン。パッケージ旅行なので、貨物の料金は含まれていましたが、個別に申し込むとかなり高いようです。

2008_072610005 2008_072610007

2日目、旭川から稚内へ向かう時に立ち寄った朱鞠内湖です。ここは、人造湖ですが、自然の湖のようなきれいなところでした。

2008_072610009 幌加内町の朱鞠内集落です。士別から日本海側の苫前に抜ける道沿いです。士別は上川支庁、苫前は留萌支庁。その間に挟まれたここは空知支庁です。かつて、深名線という線路があった時の朱鞠内駅の跡です。北海道の鉄道のうち、道北地区のものは、宗谷本線以外はすべて廃止されてしまいました。ここに鉄道があった・・・ということを残すモニュメントは何となく淋しいですね。そして、この朱鞠内地区は日本で一番寒い気温を観測したところとか。この日は晴れて少し暑かったです。

2008_072610013 2008_072610019 苫前から羽幌~天塩へ抜けるオロロンライン。日本海沿いです。本州の日本海とは少し感じが違うのは気のせいかな。しかし、風が強いのは同様で、風力発電の風車が印象的。

2008_072610024 2008_072610025

天塩を過ぎると、国道から別れ道道を海沿いに北上。ここは、電柱もなくなります。もう直線のなだらかな道。「ライダー憧れの道」なのだそうです。どこまでも続く大地を走る感じは圧巻です。速度はいくらでも出せそうですが、のんびり海を眺めながら走るのが似合う道でした。サロベツ原野もこのあたり。

2008_072610028 2008_072610030

旭川から稚内までは200キロ以上。最低でも4時間はかかります。私は途中でいろいろと寄り道をしたので、稚内に着いたのは18時近く。ここは、市内に入る手前のパーキングです。

2008_072610033 2008_072610038

この日の宿は、バイク販売店がやっているライダーハウス。最初はテントを借りてキャンプのまねごとをする予定でしたが、部屋が空いているということと、雨が降ってきましたので、部屋に宿泊。二段ベッドを一人で使いました。ここは、シャワールーム(小さいバスタプ付き)・洗濯機・乾燥機が無料で自由に使えます。おまけに洗剤も無料。お湯やコーヒーなども無料サービスがあり、簡単な炊事ができるようなキッチンもあります。コンビニが遠いので、チェックインの後またバイクで出かけないといけませんが、1泊2,100円でリーズナブル。ホールで、愛知県からいらした方とお話することができ、いろいろと情報交換もできました。バイクツーリングならではのものですね。この日は、部屋の利用の4名がみんなヤマハ車。ドラックスターの方、R6の方と音叉のマークが勢揃いでした。

明日は、礼文島と稚内市内の様子を紹介します。

●今日は、バイクの洗車をしました。結構汚れています。北海道の汚れというよりも昨日の雨の汚れかな?せっかくコーティングもしましたが、バイクコンテナに入れる手前で雨。何とかそれほど濡れないですみましたが。東京都心は凄かったようですね。私の休暇は今日でおしまい。明日から会社です。「行きたくない症候群」の出まくり。今回は、勤続20年の休暇だったので、別に夏期休暇が3日取れます。でもこれだけ休んだので、何となく取りにくいです。こちらは、分割して取得可なので、しばらくしてから取れるかな~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 4日 (月)

スカイツーリング

今回、ANAのスカイツーリングを利用して北海道へバイクで出かけ、その後家族と合流して家族旅行をして、実家に帰省もし、おまけに両親の介護までのあわただしい2週間を過ごしました。

スカイツーリングは4泊5日で終わりましたが、変則的な行動をしたためバイクを札幌の販売店に預け、実家の盛岡から再び北海道に渡り、バイクも飛行機に積みこみやっと羽田へ。時間を有効に使うにはなかなかいい旅でしたが。

しかし、よく考えてみるとバイクを飛行機に積んで、一緒にフライトというのは凄い企画ですね。貨物扱いなので、バイクを2時間前に積まないといけないのですが、羽田であれば実フライトは1時間30分。フェリーだとまる一日はかかるものがあっという間。私は羽田が近く、フェリーの大洗が遠いので、ラッキーでした。このツアーは、名古屋や関西からも搭乗できますが、バイク搭載に条件があったり、設定便が少ないので羽田以外の人は厳しい面もあります。来年も行ってみたいと思いはしましたが、たぶん今年限りでしょう。

さて、今日は、昼ごろいわて花巻空港より新千歳空港まで行き、そこから電車とバスで札幌の販売店に預けたバイクを取りに。1週間も預けたのですが、一応点検をしてもらうことでお願いして。しかし、今回出発日の羽田で立ちゴケをしてしまい、クラッチレバーが曲がって。走行には特に問題はなかったのでそのままツーリングは続行しましたが、その部品の取り換えということで、部品の取り寄せ期間を利用して、部品代と交換料だけで預かってくれました。ツーリングに行く時は、ブレーキやクラッチレバーの予備は持って行った方がいいみたいで、万一レバーが使用不能になった時にすぐに取り換えられるのです。

そこから、再びどこかを回ろうかと思いましたが、結局時間がなく、すぐに新千歳空港まで直行でした。

2008_07270019 新千歳空港での積み込み風景です。羽田ではいろいろとチェックも厳しかったのですが、こちらは簡単。傷のチェックもこちらから申告した程度。バッテリーの端子を外すのも慣れましたので楽勝。1台のバイクに、大勢の人が作業をします。また、バイクの取り回しも事前に練習しているようで、私よりもずっと上手いものでした。

2008_07270022 新千歳空港の貨物センターの前です。ここは、ターミナルの裏手。滑走路を通るとすぐなのですが、外を回ると遠いのです。羽田は循環バスがありましたが、ここは1時間に1~2本程度。次のバスが来るまで30分以上もかかるので、私は15分ぐらい歩きました。今日の北海道は晴れていて、少し暑かったです。

2008_07270023

飛行機からの雲です。北海道は晴れていたのに、東京は雨でしたね。積乱雲のために、羽田に着くまでにかなり揺れ、到着も遅れました。雨も激しく、荷物のなかに残しておいた雨合羽が役に立ちましたが、もう暑くて。羽田で、ガソリンを給油してもらいましたが、空港内を移動するのは夜の雨の中はわかりにくく、何度も迷ってしまいました。そして夜の湾岸線は少し怖かったのです。

無事自宅に到着して、明日は洗車をします。明後日からは会社。

旅の様子は明日以降少しずつ紹介します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 3日 (日)

セブンイレブンの盛岡出店

父親の状態も少し落ち着いたので、妻たちは先に横浜へ帰りました。明日私は、再び北海道へ渡り、飛行機で羽田へ戻ります。かなり変則的な旅行と帰省でしたが、何とか無事に休暇は終わりそうです。まだ父は県立病院に入院していますが、母の体調が心配のところもあります。ただ、そう休みはありません。仕方ないですね。さて、私の故郷、盛岡市にもセブンイレブンがオープンしました。今までなかったのです。日本でナンバーワンのコンビニにないというのは意外でしょうが、青森・秋田にはありません。問題は、お弁当などの工場と輸送の問題。セブンイレブンは、仙台に工場があり、宮城・山形をカバーしています。岩手県でも県南の一関市にはセブンイレブンがすでに出店。一関は仙台から高速で1時間くらいなので、特に問題なかった様子。盛岡は2時間以上かかるのでそれがネックになっていたようですが、何とかしたのでしょうね。もともと盛岡には、「ホットスパー」というコンビニが多かったのですが、ローソンに変わり、サンクス・ファミリーマートが進出。もともと地方に強かったヤマザキデイリーを加えた戦いでした。これにセブンイレブンが加わると、もっともっと熾烈な競争になるのでしょう。今は、3店舗ですが、今後どんどん新店舗をオープンさせるようです。明日、再び北海道に上陸しますが、預けておいたバイクを引き取ってすぐに新千歳で積み込みをするので、札幌と千歳の往復だけです。もう少し時間があればと思いますが…残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 2日 (土)

氏名の確認

父の入院する病院で気がついたことなのですが、氏名の確認が大袈裟なくらい徹底していることです。肺炎になってしまった父ですが、だいぶ熱も下がりましたが、まだ酸素マスクはつけたまま。食事は少しとれるようになりましたが、点滴は続けています。その際に看護師さんが準備をして・・ということになります。点滴の容器に氏名が印刷されたラベルが貼ってあり、それを必ず本人に見せて、さらに患者本人に氏名を言わせます。その他にベッドにかかっている名札と照合し、さらに手首につけているリストバンドにある氏名を確認します。リストバンドは言葉を話せない重症者には、口頭での確認がてきないため、補助的に利用されいます。つまり4重のチェックです。以前、本来処方されるものでないものが誤って処方されるという医療ミスが全国的に発生していたので、その対策なのでしょう。現実に母親が脳梗塞で同じ県立病院に入院した時、点滴の氏名が違ってたものを使われるところで、私がそれに気が付きました。4回も確認する必要があるのかと思いますが、時間にしてはわずかなもの。医療ミスを防ぐためには、そういった少し面倒でも確認を怠らないことが必要なのですね。日曜日には妻たちは新幹線で横浜へ帰ります。私は月曜日に、花巻空港から新千歳空港へ戻り、預けていたバイクを新千歳から羽田へ運びます。実家では看病オンリーとなり、まったく休暇にはなりませんでしたが、休暇をうまく利用できたので助かりました。子どもたちも病院と実家の往復みたい日々でしたが、娘に実家の掃除や洗濯・炊事を任せたので、それなりに楽しんでやったみたいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 1日 (金)

病院内の携帯電話

父親が肺炎のため入院したため、付き添いなどで大変です。5日前に体調が悪くなり熱が39度から下がらない様子。普通なら抗生剤で何とかなるようですが、高齢と心臓の持病があり、薬も上手く効かない。主治医の先生からは、高齢なので、何か起こるかわからないとのこと。ただ、良くもなってはいないけど、悪くもなってはいないという説明。私は楽観的に考えてしまいましたが、父親本人と母親はかなり参っているみたい。こういう場合、どう接していいかが難しいです。妻や娘はもっと。ところで今は病院内でも携帯電話の使用が認められているのですね。一部禁止エリアはありますけど。県立の大きな病院に入院していますが、試験運用をして問題なかったとの掲示。病院のスタッフは、医療用の電話を使っています。もう携帯は、なくてはならない存在。入院案内にも、以前は良くあった電話の取り次ぎにつけての記載はありません。旅行に出てからこのブログもずっとと携帯で書き続けた私。便利ですね。明日兄も帰省して、父親のいる病院へ行きます。少しでも熱が下がると楽になるようなのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »