2012年3月 3日 (土)

「マルちゃん正麺」はうなぎに代われるか・・・。

役所広司さんのCMで有名な「マルちゃん正麺」。

お客さんに今までうなぎを出していたのに、マルちゃん正麺にしたら、あまりにおいしいので客がお替わりをする・・・というもの。

ちょっと大袈裟・・・。「うそだと思ったら、食べてみて・・・」というので、試してみました。

今日はひなまつりで、一応ちらし寿司を作ったのですが、マルちゃん正麺の試食。ラーメンにちらし寿司というのも変ですが、家族が揃ったので4人分。このラーメンは5食入りで販売。バラ売りしないのは、それなりの戦略があるのでしょう。

インスタントなので、作るのは楽。大きめの鍋に麺を4人分入れ、スープはあらかじめ器に入れ、具を準備。麺が茹であがったら、麺とお湯を入れてでき上がり。私だけネギを入れないので、私の分が最後。

食べた感想は・・・。麺は確かにおいしいです。しょうゆ味は麺が太目。インスタントとは思えない生麺感覚です。

ラーメンはスープが命・・・といいますが、最近おいしいスープがたくさん出ていますので、家庭でもそれなりの味は出せるようになりました。ただし、麺はうまくいきません。いい麺を買ってきても、なかなか店のような味は出せないです。ましてやインスタントはどうしてもインスタントの味にしかならない。その点ではこの「マルちゃん正麺」は画期的かも。

それほど味にうるさくない人なら、器と具と盛り付けをそれなりにすれば「出前のラーメン」みたいに感じるかもしれません。

でも、うなぎの代わりにはならないかな~。うなぎはやはりもてなし食材として中国産だろうと豪華。

しかし考え方を変えれば、うなぎは高くつくので、ラーメンで済めば、家計が助かる・・・ということになるのかもしれませんね。

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2012年2月25日 (土)

空気清浄機とシャワートイレ

今回、我が家でも空気清浄機とシャワートイレを購入しました。

空気清浄機は、今まで使っていた加湿器が壊れ、代替品を・・・と思っていたところ安かったので・・・。

私は、あまり空気清浄機は好きではありません。私の会社では数台配備されていますが・・・。私はアレルギー体質なので、当然必要・・・かもしれません。しかし家族はそれほど花粉症もない(似ていなくて良かった)のと、家の中をきれいにしても外に出れば様々な汚れがあるわけで、あまり必要性を感じていないからです。私はバイクに乗って良く感じています。また、子供達も公立の学校に通っていますので、空気清浄機というものはなくこちらも同じく・・・。

購入した空気清浄機は、バナソニックの「ナノイー」とシャープの「プラズマクラスタ」が売れ筋。どちらでもよかったのですが、コンパクトなのと、バナソニックのブランドに・・・。

加湿も出来て、空気の汚れ具合が表示されるので、便利です。きちんと掃除をしているつもりでも、みんなが動きまわるとすぐに表示が赤くなり、汚れた状態に。節電機能がついていますが、電気代は少しかかりますね。まあ、加湿器の代わりとしてはいいかもしれません。夏は空気清浄機能だけで使えるみたいです。

もうひとつは、シャワートイレ。シャワートイレというのはイナックスの商標なので、正式には温水洗便座というのだそうです。こちらも、会社でも設置し、公共施設で見かけるようになりました。

うちは賃貸で、便座は普通のものでした。最初は下の坊主が小さく、トイレをよく汚し、掃除が大変なので、そのままにしていました。そのうち上の娘が「家にシャワートイレがないのはうちぐらい・・・」というので、昨年取り付ける予定にしていざ購入しに行くことにしていたのですがその翌週に震災。震災後、節電ムードが漂い、公共施設でも利用休止となるところも多く、延期に。

最近、価格も安くなり種類も増えたのでやっと・・・。

昔は、シャワートイレというとかなり豪邸か、高級ホテルにしかなかったものですが、今は日本の家庭の6割ぐらいに普及しているとのこと。私の実家にも妻の実家にもあります。

普及率が高くなったのは、後付けの製品が開発され、量販されたことによるようです。賃貸なので、一番安いものを購入しましたが、きちんと機能しているのが驚き。世界のトイレの中で、これほど洗浄トイレが普及しているには日本だけ・・・らしいです。日本の技術は凄いですね。もともとの便器のサイズより洗浄便座は大きいので、いかにも後付け感はありますが、なかなか快適です。

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2012年2月 4日 (土)

明日も明後日も出勤です。

先月の30日の月曜日からずっと出勤。明日も明後日も出勤です。

通算8日連続出勤。うちの会社は、この時期仕方ないのだけれど、ちょっと人によって差があり過ぎ・・・。休んでいる奴は平気で有休取っているし・・・。

木曜日は終電に間に合わず、深夜バスだった・・・。ちょっと交通費も請求できない。新体制になって、それを軌道に乗せるまでの辛抱だけど・・・・。

家族は、この時期のことは毎年のことなのであきらめているけど・・・。というか、あてにしていないかも。かえっていない方がいいのかも・・・。

もう年寄りを、こき使うな・・・。

ちょっと、ボヤキでした。

私はラインから外れた時があり、それを思うと少し頑張れるのも楽しいのです。しかし、歳には勝てません。将来を担う後輩達につきあっていますが、彼らのパワーについていくのは少し歳をとりすぎたかな~。

でも、このプロジェクトを繋いでいってくれるので、彼らのためにももうひと踏ん張りです。

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2011年12月23日 (金)

今年は大きめのクリスマスケーキ

今日は天皇誕生日。今年のクリスマスは3連休。

うちでは、毎年23日にクリスマスケーキを食べることにしています。震災のためか、いつもの年よりも大きめのケーキがトレンド。「家族で」ということらしいです。健康のために、毎年小さくなっている我が家でも今年は少し大きめ。

家族揃ってケーキを食べる・・・なんていうのも我が家では最後かもしれません。娘も高校生になり、いろいろと友人達との付き合いが忙しくなってきたらしいです。それでも、今年は「家族で・・・」という風潮のせいか、みんなそれぞれクリスマスは家族で過ごすようです。

あと数年すれば、家族よりもポーイフレンドと過ごすクリスマスになるのでしょうね。

ところで、私は昔から甘いものは大好きで、元祖「スイーツ男子」なのですが、今はスイーツ好きの男性だけが集まって、「ケーキを食べる会」があるようです。「女子会」に続き、新たなものでしょうか・・・。

私が大学生の頃は、クリスマスにはどうやって女の子を誘おうか・・・というのが、男子生徒の話の中心でしたが、今の若い人は考え方が違っているようです。女の子と上手くいかなかった男性陣は、やけ酒ではないけれど、終日飲み歩いていた。そんな時代も昔話なのですね。ブレゼントと釣ろう・・・という考えも変わり、みんな堅実になっている。不景気世代に育った若者はある意味気の毒です。

それはさておき、今年はケーキをたくさん食べることができ、私は満足でした。

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2011年7月24日 (日)

穴場?

学校が夏休みに入って、私の休日は家族サービスディーになります。

8月の上旬は岩手に帰省するので、それ以外の休みは結構予定がたくさん。今日は、下の坊主を連れて海へ。上の娘は、学校の課外授業とか部活とか忙しく、別行動。そういう年頃なので・・・。

神奈川県で海・・・というと、江ノ島とか三浦海岸とか。でもどこも混んでいます。そこまで行くのも渋滞の列。そんな中で、ある人から聞いたのが、横須賀市の観音崎。バイクではふらっ~と横横道路の終点から近いので、何度か訪れた観音崎。シーズンオフに行ったので、あそこで海水浴ができるとは思ってもいませんでした。

それほど遠くに泳ぐわけではなく、海岸で水浴びをすればいいのです。坊主も、泳ぐのはスイミングスクールでやっているので、海の入って水の中の生き物を見たりすれば満足。観音崎は、それには恰好の場所ですね。水はまだ少し冷たいですね。

小さな入り江で、波も穏やか。遠くに船も見え、灯台付近は緑に覆われています。

横横道路も渋滞もなく、駐車場もたくさんあり普通車は一日860円。バイクで行った時は、バス転換所のスペースに停めても問題ないのですが・・・。

海の中に入っている家族連れの他に、バーベキューをしている人達も。観光センターで道具を貸してくれるみたい。うちは、お弁当持参でしたが、坊主はバーベキューの人のところに行ってうろうろしていたら、そこのグループの方達からいろいろとごちそうになったみたいです。ちょっと一見恐そうな団体でしたが、とても感じ良く、恐縮してしまいました。何もお返しするものがなかったので、余計申し訳なく・・・、観光センターでおみやげ用の軍艦カレーを買ってお渡ししました。

大きな海水浴場ではないので、来ている人達が互いに親近感が持てる感じです。近所の方だけでもなく、わりと遠くからの人もいるようですが、意外と知られていない穴場のようなところです。

灯台のあたりから散策路になっていて、小さな博物館もあり飽きないコースです。浦賀付近は、漁村の面影もありここが横須賀市であることを忘れてしまう感じです。

そのうち、穴場ではなくなるのでしょうね。

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2011年7月23日 (土)

地デジ移行

いよいよ、明日から岩手・宮城・福島を除いた地域で、地デジへ完全移行ですね。トラブルがないといいのですが。

さて、我が家では今年の1月にテレビを買い換えたので地デジ対策は済みました。テレビのリモコンも、地アナというボタンは、表にはなくスライドを開けた中にあります。地デジ移行したら、アナログ放送は砂嵐になる・・・、というので、どういうものか見てみたいと思っていましたが・・・。

我が家のマンションは、ケーブルテレビの屋内配線がされています。そのため、インターネットはケーブルテレビの回線を契約しています。しかし、テレビ放送は契約していません。地デジ移行にあたり、ケーブルテレビ会社からは、加入すれば、現在のテレビでもそのままテレビが見られるということで案内が来ていました。

このマンションのテレビ放送は、ケーブルテレビに加入していなくともその回線を使ってNHKや民放が見られるしくみです(うちでは、ケーブルテレビ会社に、インターネットの料金だけ支払っています)。総務省から、地デジ移行に伴い、準備が間に合わない世帯の救済措置として、様々のところに協力要請があり、うちのようにケーブルテレビの設備を使ってアナログ放送を受信しているところには「デジアナ変換」という形で、明日以降もテレビが見られるようになったようです。

ということは、テレビをわざわざ買い換える必要はなかったのです。ただ、デジアナ変換ではハイビジョン放送やデータ放送はないので・・・。

テレビを買い換えて、スカパーe2に加入したので、その分余計な出費は増えました。ケーブルテレビに加入しても、スカパーの番組は見られますが、スカパーと直接契約した方が安いです。ケーブルテレビに加入するとブルーレイのレコーダーがレンタルできるのですが、うちではハードディスクに録画しているので、見逃しを見る分には問題ないです。長く記録するにはハードディスクだと、見られるテレビが限定されるので、もう少し値段が下がったら買うことにしています。

ところで、NHKの受信料ですが、我が家ではケーブルテレビの団体割引ということで、ケーブルテレビ会社に支払っています。通常より月200円ぐらい安くなります。もともとは、ケーブルテレビに契約している人が、NHKを見る場合の制度でしたが、うちのようにインターネットだけ契約している人にも適用されるようになりました。何か変な感じですが、特なので利用しています。

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2011年6月25日 (土)

鉢植え

我が家の坊主は、今年小学校に入学し、何とか元気に通っています。さて、学校では夏休みにかけて「花の栽培」をするようですが、今年は福島原発の問題で少々事情が違ってきているようです。うちの小学校を含め横浜市の校庭の放射線量は基準以下のようですが、天候によって変わるもの。入学当初は特に問題視されていませんでしたが、足柄地区のお茶から高い放射線量が検出されてからは一変。いろいろと議論がされました。校庭での運動会や遠足、体育の授業・水泳などは、市内の測定地点で以上がなければ通常どおりとということになりましたが、花壇での花の世話は自粛されました。クラスごとに花壇があって、それぞれ花の観察をするのがいつもこと。

しかし、今年は土を直接触わる作業は危険との要望があり、自粛に。都会だと土いじりはあまりする機会がないので、せめて学校で・・・と思っていたのですが。

「できればご家庭で・・・」ということになり、それぞれの保護者の責任でやってくださいというのが学校の方針です。

ということで、うちでも・・・。うちはマンションなので庭はないので、ベランダで鉢植えです。このあたりは、実は、妻も私も園芸関係は苦手。妻は子供の時、庭で花の手入れをしたいた時、ハチに刺されて、それ以来イヤになったそうです。なので、うちには私が仙台に居た時に買ったゴムの木が大きくなった鉢植えしかありません。

今日、ホームセンターで、鉢植えと下に置く皿、土・肥料・小石・小さなスコップを購入。花の種は、定番とのひまわりと朝顔。朝顔はつるが伸びるのですが、ベランダの手すりに巻きつけると、省エネになるかも。

ひまわりは、基本的に鉢植えの場合は、切り花用の小さなものでないとダメなのでしょうが、やはりあの大きな花が育つのを見せたいので、「食用」の大きなもの。それには鉢植えも大きなものにしましたが、育つのでしょうか・・・。

種まきには少し遅いですが、まだ大丈夫・・・。

今日まいた種・・・。育つでしょうか。

そういえば、種は一晩水につけて・・・と私は子供の頃習ったのですが、今の種は改良されているので、そのまままいても問題ないとのこと。

まだ梅雨の季節ですが、梅雨明けまでには、大きくなっているでしょうか。

そして、私に似て飽きっぽい坊主がきちんと世話をするでしょうか・・・。

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2011年5月 8日 (日)

復興へのスローガン

震災後、復興へのスローガンとして「がんばろう日本」「がんばろう東北」「がんばろう○○(地名)」が続々と・・・。特に違和感はないのですが、そこから発展して「心をひとつに」とか「日本がひちつのチーム」とかいうものも・・・。

いかにも日本人が好きそうなもの。私はこの「心をひとつ・・・」とかいうようなものはあまり好きではないのです。みんなそれぞれ状況も違うし、性格も異なります。それを何かに統一・・・。それができないと戦時中の「非国民」みたいな扱いに。これは少し飛躍した考えかもしれませんが・・・。

ただ、沈みがちな気持ちのままでは復興もできないので、何か元気の出るような言葉は必要です。

東北地方は、北の青森県と南の福島県ではまったく県民性も異なります。しかし、東北6県はかつての戊辰戦争の頃から何となく一体感が・・・。「がんばろう東北」と聞くと私も東北出身なので、想いが切々と・・・。

先日、帰省した時に岩手県内で盛んに言われていたのは「ふるさとは負けない・・・」という言葉。そこに住んでいる人も、離れて暮らしている人も共感する言葉・・・。私にとっても心に響きます。

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盛岡駅にあったものです。ここには、「全国の皆様」「世界の皆様」と書かれています。「世界各国から支援があった今回。忘れてはいけない言葉ですね。

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盛岡駅ビルの書店の前にあった釜石からのメッセージのコピー。他に場所にも掲示されています。「復興の狼煙プロジェクト」というものです。被災者が復興に向けての決意を示しているもの。こちらは逆に我々も力づけられます。

その中で一番好きなのはこれです。

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「前よりいい街にしてやる。」この街か好きで、この街を絶対復興させようとする気持ちが伝わってきます。

私は若いころ、盛岡があまり好きでなくて東京に出ることを夢見ていたところがあります。最近は、故郷の岩手が懐かしく盛岡の街を歩くたびにいろいろな発見が・・・。歳をとったのでしょうね。

最後は、NHKで先日放送された「どんど腫れスペシャル」のボスター。主演の比嘉愛未さんの女将姿です。この番組は、4年前に放送された朝ドラの続編。本編も盛岡の誘致でしたが、続編も地元の署名活動があったものらしいです。内容は正直言ってあまり・・・という感想ですが。震災前に制作が進んでいたもの。何の因果もないのでしょうが、タイミング良く震災復興に一役買う形になりました。ドラマの最初に比嘉さんから被災者へのお見舞いメッセージがあり、出演者全員の応援メッセージがNHKのホームページに掲載されていました。このドラマの主題歌は小田和正さんの「ダイジョウブ」。こちらもまた復興のスローガン的にものになってしまいました。

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震災の街へ-宮古・釜石・山田-

5月のゴールデンウイークは、私の実家へ家族で帰省しました。子供たちのそれぞれの進学の報告と震災の見舞いを兼ねて・・・。

盛岡市は、津波の被害はないのですが、私の実家でも建物の被害が少しありました。また、4月中旬は関東地区で余震が多く、東北では少なかったのでず、帰省中は毎日のように余震が続き、また東北での揺れが増えています。首都圏のテレビでは見られなくなりましたが、東北地方ではまだNHKは、画面に生活情報が流れています(福島県では、各地の放射性物質の測定値が表示されているようです)。

5月4日に、少し大きなクルマを借りて、私の両親を含め6名で被災地を見に行きました。亡くなったいとこの家族は盛岡へ避難していますので、父の知り合いのいる釜石市へ、そしてそこから大槌町・山田町・宮古市へ抜けるルート。

見物みたいな感じで気が引けましたが、ニュースで被災地の方の中には、休んでいた店舗を再開しているところもあり、ボランティアでなくとも是非被災した様子を知るためにも現地に足を運んで欲しいという意見もあるようで・・・。

さて、最初の訪問地は釜石市。私の母が戦時中釜石の鉱山で事務員をしていたこともあり、新しくできた新仙人道路ではなく、旧道経由です。花巻から遠野経由・・・。内陸方面から三陸へのクルマも多いのですが、三陸からのクルマも多いです。

釜石市は、新日鉄の街。かつては人口が9万人(今は4万ぐらい)を越えたこともある街。山と山の間に細長く広がっていて、内陸部はかつては新日鉄の社宅が多く県立病院や県立高校はこちら側に。海からは離れているので、津波の被害はまったく受けていません。以前の市街地がそのままです。コンビニの品物がないのが震災の被害を物語っている・・・。釜石駅とその前にそびえる新日鉄の工場まではまったくそのまま。そこから甲子川を渡り、海側は津波で壊滅状態。こちら側は港町となり、繁華街です。私が仕事で岩手を担当していた時に宿泊したホテルもこの付近ですが、1~2階は津波の被害を受けたようで、休業状態。アーケードの商店街がアーケードの上まで川のような津波の流れになった様子がテレビで放映されましたが、まさにここ。最盛期は盛岡市の繁華街を凌ぐほどの商店街だったところだそうです。信号機は消え、応援の他県警察官・自衛隊員が交通整理・・・。

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震災から1か月以上経ちかなり落ち着いたとのことですが、がれきの撤去はまだ手つかず。ここは、父の知り合いの家のところです。当人とも会うことができ、写真は了解を得て撮らせていただきました。もう何とも言い難い風景でした。

釜石から北側へ・・・。釜石の鵜住居地区・隣の大槌町もかなりの惨状。

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上の写真は、大槌町からさらに北側の山田町の中心部です。山田町はわりと大き目の湾となっていて、普段は絶景の地です。ホタテの養殖もさかんで、時期になるとホタテを焼いたいいにおいがします。ここは、津波が引いた後、火災も発生し街がそのまま無くなったようです。まるで戦場・・・。これらの写真は、付近で作業をしている方にお話しをして撮影させていただきました。

この付近は、JR山田線が通っていますが、線路自体が流されています。JRは内陸から宮古・釜石・気仙沼までは復旧していますが、沿岸沿いは不通です。陸前高田や大船渡・久慈へは鉄道が繋がっていない状態。復旧の見込みは立っていない・・・。国道45号線は復旧していますが、途中途中に、「津波時浸水区間」とあります。山側・海側がありますので、その警告のとおり、浸水区間の街に津波がやってきた・・・というのが現実。

最後は宮古。宮古市も、市役所から西側の内陸部は被害がありません。私のいとこの家は海側・・・。漁港・魚市場・海産物産館のある付近を含め海側が大きな被害です。

1_3 平穏な宮古の港ですが・・・。

Photo 無事だった宮古駅。

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漁業や港湾関係の施設でしょうか・・・。左側の写真にある船は、海から打ち上げられたものです。

釜石から宮古まで・・・、休憩の際に、地元の方に話を聞いて・・・。私達が見たものは、50日後の姿。しかし、この場所で多くの方が津波にのまれて亡くなったことも忘れてはいけません。帰りのクルマの中で母が泣き出し、妻も・・・。家を失い、家族を失い、生活の基盤を失った方のことを思うと・・・。両親に言わせると、「終戦後のよう・・・」とのこと。戦後の復興も長い時間がかかった・・・。この震災でもそう簡単にはいかないでしょう。

私は、どうしても私の子供たちにテレビの映像や写真ではなく、生の様子を見せておきたかったのです。彼らが今後の日本を背負っていくのですから・・・。そう思いながら、盛岡までの帰途につきました。

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2011年4月26日 (火)

田中好子さん・・・

先週の木曜日に、女優の田中好子さんが亡くなったというニュースが流れた。まだ若いはずなので、事故か何かと思っていたのですが、19年間に及ぶ闘病生活の末での逝去。驚きました。訃報から通夜・葬儀のニュースは、NHKをはじめ各局で大きく取り上げらけました。それだけ多くの人に愛された方・・・。

NHKは、もともとのデビューがNHKの歌謡番組のアシスタントであったことや「おしん」「ちゅらさん」などのドラマでの名演技があった故、かなりの時間を割いての報道でした。

私達の世代は、キャンディーズ世代・・・。私もNHKの歌謡番組で椅子運びなどのアシスタントの頃から彼女たちを見ていて、「キャンディーズという名前が決まりました・・・・」というのも番組中に発表され、今でも思い出されます。それから、TBSの「8時だよ、全員集合」のレギュラートとなり、ドリフターズとのコントの面白さや、体操の時間の演技など、いつも私達の中には普通にキャンディーズがいました。私は特にファンではなかったのですが、歌手デビューしてからもキャンディーズの歌声はいつも聞こえていた感じです。

うちの 子供たちには田中さんを、女優になってからの姿しか知らないので、とても優しいお母さん・・・のイメージが。田中さんの演技はどこか暖かく、ほっとするイメージが。それだけではないのでしょうが、国民的スターであったことは間違いないですね。

55歳は、亡くなるにはまだまだ早い年齢です。伊藤蘭さんはやはり女優になっていましたので、よく見かけていましたが、藤村美樹さんの姿は久々に。美樹さんは、普通の人になって結婚され、芸能界から引退されていましたが、当時の面影はあまりなく落ち着いた雰囲気。でも今の方がいい顔でしたね。田中さんの訃報でまた美樹さんの姿を見れたのも悲しいですね。

乳がんは、治癒率も上がってきた・・・ということでしたが、やはりそう簡単に克服はできないものなのですね。25日の告別式で、田中さんの肉声のメッセージが公開され、報道ステーションで全てを聞くことができました。最初に声を聞いた時、いつもの田中さんの明るく元気な声ではなく、弱々しい声。闘病の疲れが伝わってきます。それでも震災の犠牲者を気遣って・・・・。ご自身の死期も悟ったいたような内容。そして、親しい方やファンの方へのお礼の言葉・・・。「息苦しくなってきました・・・」という言葉には、聞いている私も絶句。最後の力を振り絞ってメッセージを伝えている田中さんの言葉がさらに重く・・・。

田中さんの意思でもある、また「復活」は是非実現して欲しいです。本当に何とも言えないメッセージでした。

私達の世代の青春がまたひとつ消えた感じです。残念です。

田中好子さん、今までありがとう。そして安らかに・・・・。

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